2022年6月25日(土)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2022年6月15日

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冷泉彰彦 (れいぜい・あきひこ)

作家・ジャーナリスト

ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『「反米」日本の正体』(文春新書)など。メールマガジンJMM、Newsweek日本版公式ブログ連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

 短期間ではあるが、5月下旬に日本へ一時帰国する機会があった。新型コロナウィルスに対する「水際対策」により、長い期間、米国から日本への入国には自主隔離期間があったし、オミクロンの初期には強制隔離もあった。つまり、日本に一時帰国をする場合は、旅程に加えて1週間前後の日数を追加しておかねばならず、日程調整が難しくなる。このため、多くの在米邦人同様に、帰国は事実上難しかったのだが、ようやく条件が緩和されたことで、約2年半ぶりに日本に入国できた。

写真はイメージ(simonmayer/gettyimages)

 筆者の場合は羽田空港での入国であったが、現在は防護服に身を固めた検疫官が機内に乗り込んでくるようなことはない。他の到着便から降機した乗客と錯綜しないように時間調整はされたが、降機はスムーズであった。大変なのはその後で、例えば5月下旬の羽田の場合はとにかく第3ターミナルの中を延々と歩かされるのだ。

移動距離は3キロ、いたる所に警備員

 この時点では、第3ターミナルの140番台のゲートのある、増築されたサテライトのエリア全体が検疫スペースとなっていた。例えば反対側の105番ゲートなどに到着した便の場合は、ターミナルを端から端まで歩かされて、検疫スペースに行き、検疫プロセスを通ると、今度は引き返してターミナル中央の入国審査場(これはパンデミック前と同一の場所である)まで戻って入国する。気になって測ってみたら、ここまでのプロセスに1時間半かかり、歩いた距離は3キロメートルを超えていた。

 問題は、その経路の要所要所にチェックポイントがあることだ。チェックポイントには、それぞれ数人の担当者が待機しているが、行うことは2つだけだ。「次はこのままこちらへ進んでください」という誘導と、「QRコードはありますね?」と聞くだけだ。QRコードに関しては、各チェックポイントにリーダーが備えられていたのだが、読み取りをしたのは最後の1回だけだった。

 更に、各チェックポイントには警備員が配置されていて、「こちらです」と誘導をしていた。検疫前と検疫後の乗客が交錯しそうな場所に、わざわざ警備員が両側に配置されていて、工事現場の片側通行のような誘導を行なっていた。検疫前と後の人が濃厚接触しないためのようだが、かなり高齢の誘導員は無数の入国者と至近距離で交錯しているので、全く意味不明であった。

 全体として、意味の不明な役割に膨大な人員が投入されているのだ。筆者は、経済の改革開放が進まない時期の失業者が溢れたベトナムのハノイ空港で、チェックインをするのに20人ぐらいの担当者が一々パスポートをチェックするので閉口したことがある。

 非効率ということでは、90年代のベトナム並みということだが、日本の検疫プロセスに関して言えば、一人一人の担当者は極めて親切で低姿勢であり、極めて好感度が高かったのは間違いない。反面、それだけコストもかかっているのだろう。

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