ゲノム編集は失敗を繰り返さない
労働と経費を削減するGMは世界の農家が受け入れるという成功を収めたが、遺伝子を改変することへの反発、企業と行政への不信を招いたスターリンク事件、そして発がん性があるという風評を広めたセラリーニ事件などにより反GM運動が盛り上がった。
携帯電話の電磁波で脳腫瘍ができるという風評が全く広がらなかったのは、その利益を消費者が実感したためだ。逆にGMに対する風評がここまで広がった原因は、消費者の利益が全く見えないことである。農業者の利益のために自分と家族がリスクを負わされることは許されない。消費者はそのように感じるのだ。
この教訓を生かして行われているのがゲノム編集技術を使った食品の開発である。ゲノム編集は遺伝子の特定の部分を切断する「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」という「ハサミ」を使う技術だ。切断されると自己修復するのだが、時には間違いが起こり遺伝子の一部が変わって、新しい性質を持った動植物ができる。この「ハサミ」を開発した米国のジェニファー・ダウドナ博士とフランス出身でドイツで働くエマニュエル・シャルパンティエ博士は20年にノーベル化学賞を受賞した。
GMとゲノム編集の違いは、GMは害虫抵抗性遺伝子や除草剤耐性遺伝子など、本来植物が持たない遺伝子を導入するのに対して、ゲノム編集は遺伝子を導入せず、自然に起こり得る遺伝子の修復ミスを誘う点だ。
ゲノム編集はGMと同等以上の大きな可能性を秘め、農業だけでなく医薬品や環境保護にも役立つ技術だが、反GM団体はゲノム編集にも反対し、その安全性に疑問を投げかける活動を始めている。食品安全委員会が21年に行ったアンケート調査では、ゲノム編集に対して不安を感じる人は、GMに不安を感じる人より多い。反対運動はすでに成果を上げているのだ。
これに対抗して世界の科学者は安全性を証明するのだが、GMの教訓からそれでは不十分だ。多くの人が受け入れなければGMと同じ運命をたどる。そこで採用されたのが「消費者の役に立つ製品を出す」という方針で、これに沿って新製品が次々と開発されている。
最初に出てきたのは、健康食品にも使われている血圧低下や安眠作用があるGABAを多量に含むトマト、続いて体の大きなタイ、そして成長が早いフグだ。健康にいい不飽和脂肪酸オレイン酸を多く含む大豆、葉の色が変色しないレタス、有毒成分が少ないジャガイモなどもある。
ゲノム編集は自然に起こる突然変異と変わらないので国による安全性の審査もゲノム編集であることの表示も義務付けていない。しかしそれが消費者の不安を呼んではいけないので、届け出制として、実質的に国が審査を行い、表示は事業者が自主的に行うことになっている。
ゲノム編集の未来はこの2、3年の攻防で決まるだろう。事業者と行政が大きな間違いを起こして不信を招かないこと、風評に徹底的に対抗すること、そして消費者が受け入れる製品を作り出すことがGMの失敗の教訓である。