2024年4月20日(土)

家庭医の日常

2022年7月23日

 今でも私は、かつてカナダで指導医から習った方法で爪に穴を開けている。先端を円筒状にカットした注射針をペンチなどで持ちながらアルコールランプで熱して焼き、それを爪に垂直に当てる。針の余熱で小さい円状の断端が爪を溶かして程なく穴が開き、内圧によって栓が抜かれたように膿が溢れ出てくる。

 針の断端が爪の下の皮膚に触れる直前に処置が終わるので、患者は熱も痛みも感じない。注射針、ペンチ、アルコールランプなどちょっと怖そうなものが出てくるので、処置前に手順を十分に説明して安心してもらうことが成功の鍵だ。

 T.H.さんに薬のアレルギーがないことを確認して抗菌薬を処方しつつ、私は、彼が診察室に入って来た時から気になっていたことを切り出そうかどうか逡巡した。T.H.さんはかなり太っているのだ!

「肥満」という判定はいかにされるのか

 大人の肥満の程度は、体重(キログラム)を身長(メートル)の2乗で割ったBMI(Body Mass Index)という指標がほぼ世界中で用いられる。厚生労働省のe-ヘルスネットでは「ボディ・マス指数」「体格指数」という日本語も記載されているが、私の診療所では、略語をそのまま「ビー・エム・アイ」と呼んでもらっている。

 子どもでは、成長曲線(月齢・年齢に応じた標準値と標準偏差分の開き、またはパーセンタイル値がわかる図。母子手帳にも掲載されている)に体重・身長の実測値をプロットして判断していくことが多い。英国では子どものBMIのパーセンタイル値も利用できる。

 日本肥満学会の『肥満症診療ガイドライン2016』の基準によれば、成人では、BMIが25〜35を「肥満」、35以上を「高度肥満」と呼ぶ。ただ、糖尿病や高血圧のように基準値を超えたら即、それぞれの疾患として診断するのではなくて、肥満の場合には、内臓脂肪の蓄積(しばしばウエスト周りの長さで判断)や健康障害の有無などを含めて「肥満症」「高度肥満症」と呼ぶ疾患であるかないかを判断する。

 なお、このガイドラインは書籍として販売されているのみで、残念ながらオンラインでの一般への公開はしておらず、2021年9月の『健康診断結果から生活習慣を改善するには』で紹介した日本医療機能評価機構のEBM普及推進事業(Minds)のホームページ『Mindsガイドラインライブラリ』にも掲載されていない。

 肥満の判定基準は国や機関によって異なり、世界保健機関(WHO)、英国、米国のガイドラインではBMI 30以上を肥満としている。ただ、アジア系の人ではそれより低いBMIで、高齢者の場合はそれより高いBMIで、それぞれその他の健康リスクを加味して肥満を判定する必要があることが記載されている。

家庭医にとっての肥満を扱う悩み

 結局、T.H.さんについては、爪周囲炎の処置で診察の残り時間が不足していたこともあり、肥満については爪周囲炎の経過を確認するために再診してもらう次の機会に相談することにした。

 家庭医は肥満のケアでやりがいのある、重要な立ち位置にいる。家庭医は、大人子どもに関わらず日常の患者との出会いから肥満を見つけ出し、あまたある肥満の原因を特定してその治療をする。あるいは「過体重」と呼ぶ肥満に近い状態を見つけ出して、肥満にならないように予防を勧めることができる。しかし、肥満を扱う家庭医には悩みも多い。

 まずは、肥満の「発見」について。実はこれが結構難しい。

 家庭医が患者の見かけから肥満度を見積もると、実測値より低めに見積もってしまい、肥満のケアに家庭医が消極的な傾向があることを示した研究もあるぐらいで、「見かけ」だけで肥満かどうかを判断してはいけない。かといって、診療所に受診する度に裸体に近い状態で体重測定することは、患者・診療所双方にとって現実的ではない。だから、患者が健診を受けていれば直近の健診記録から体重と身長の測定値を確認するのが実際的だろう。


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