2022年10月7日(金)

家庭医の日常

2022年1月26日

»著者プロフィール
著者
閉じる

葛西龍樹 (かっさい・りゅうき)

福島県立医科大学 医学部 地域・家庭医療学講座主任教授

1984年北海道大学医学部卒業。北海道家庭医療学センター設立および所長を経て、2006年から現職。英国家庭医学会 最高名誉正会員・専門医(FRCGP)。日本プライマリ・ケア連合学会監事。著書に『医療大転換 ─日本のプライマリ・ケア革命』(ちくま新書)など多数。

病気や症状、生活環境がそれぞれ異なる患者の相談に対し、患者の心身や生活すべてを診る家庭医がどのように診察して、健康を改善させていくか。患者とのやり取りを通じてその日常を伝える。
(byryo/gettyimages)

<本日の患者>
S.N.さん、53歳女性、主婦。
K.H.さん、83歳女性、S.N.さんの母。

 福島県の会津地方に400年以上前から伝わる伝統工芸品に「起き上がり小法師(おきあがりこぼし)」というものがある。会津若松市では毎年1月10日に「十日市」と呼ばれる初市があり、そこで縁起物として売られている高さ3センチぐらいの張り子細工である。

 手足がない人形で、茄子のような形で下方に向かって太く重りが付いているため、頭部をつついて倒そうとしても、振動するだけですぐに立ち直り容易には倒れない。優しい笑顔で立ち直る姿を見ていると気持ちが和む。

 転んでも転んでもすぐに起き上がるので「七転八起」の縁起物と珍重されている。通常、土地の人たちは、十日市で「家族の人数+1」個の起き上がり小法師を買うのが習わしである。家族が増えて一族が繁栄する願いの現れだろう。

「七転び八起き」ではすまない「転倒」という症状

 「最近、母がよく転ぶんです」

 はっとして、目の前のS.N.さんを見る。一瞬、私の脳裏に起き上がり小法師が浮かんできた。心配そうなS.N.さんと、すまなそうな照れ笑いで隣に座っている母親のK.H.さんの顔を交互に見ながら私は答える。

 「そうだったんですか。K.H.さんがよく転ぶんですね。いつからどんなふうにどのぐらい転ぶようになったのか話してもらえますか」

 5カ月前に、S.N.さんは母親のK.H.さんを連れて私がいる診療所を受診した。S.N.さんは手指の湿疹があって長年この診療所へ通院している。

 母親のK.H.さんは、以前は長女(S.N.さんの姉)一家と東京で暮らしていたが、6カ月前にその長女が膵臓がんで亡くなったため、急遽、次女のS.N.さんの家族と一緒に暮らすことになったのだ。

 以前から高血圧と甲状腺機能低下症があり東京の病院で治療薬を処方されていたので、転居後すぐにそれらの処方薬を引き継ぐために紹介状を持参して受診したのだった。以後、S.N.さんとK.H.さんに1カ月ごとに受診してもらいながら、それぞれの健康問題を治療しつつ、家族を亡くした後の悲嘆のケアもしていた(悲嘆ケアについてもいずれ話したい)。

 2カ月前、K.H.さんにとって4回目の受診の時に、この「最近、母がよく転ぶんです」という話が出たのだ。

新着記事

»もっと見る