2022年10月2日(日)

家庭医の日常

2021年12月25日

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葛西龍樹 (かっさい・りゅうき)

福島県立医科大学 医学部 地域・家庭医療学講座主任教授

1984年北海道大学医学部卒業。北海道家庭医療学センター設立および所長を経て、2006年から現職。英国家庭医学会 最高名誉正会員・専門医(FRCGP)。日本プライマリ・ケア連合学会監事。著書に『医療大転換 ─日本のプライマリ・ケア革命』(ちくま新書)など多数。

病気や症状、生活環境がそれぞれ異なる患者の相談に対し、患者の心身や生活すべてを診る家庭医がどのように診察して、健康を改善させていくか。患者とのやり取りを通じてその日常を伝える。
(Pornpak Khunatorn/gettyimages)

<本日の患者>
K.I.さん、76歳男性、りんご農家。
Yくん、40歳、K.I.さんの一人息子。

 K.I.さんが丹精込めて作るりんごは実に美味しい。

 5年前の12月のある日、その日の訪問診療の後で、K.I.さんが自慢のりんご園に私を案内してくれた。私たちのケアチームがK.I.さんの一人息子のYくんの訪問診療をするようになってから1年が経っていた。

 しばらく歩いて1本の木にたどり着くと、K.I.さんは慣れた手つきでその実を一つもぎ取って私に差し出した。

「先生、このりんご食べてみて下さい」

「美味しい! 甘味と酸味の混ざり具合が絶妙ですね!」

「うまいでしょう。わしの自慢の木なんです。この木は、Yが生まれた年に植えたんです。Yが丈夫に育って欲しいと願って」

「そうだったんですか」

「先生は知ってますか、りんごの木の寿命って大体40年なんですよ。今年で35年。この木とYの寿命、あと5年ぐらいかな。先生、わしはそこまで生きることができるでしょうか」

 家庭医として時々私は答えに窮する質問に遭遇することがある。この時突然やって来たK.I.さんからの問いも、まさしくそういう質問だった。今までの6年間のK.I.さんとYくんとの診療場面のいくつかを頭に思い浮かべながら、私は何を言うべきか考えていた。

脳性麻痺で生まれて

 Yくんは脳性麻痺で生まれた。脳性麻痺とは、出生時またはその前後(胎児期から新生児期)に起こるさまざまな原因で脳が損傷し、運動障害、知的障害、視覚・聴覚の障害、けいれんなどが持続する状態の総称で、一つの疾患名ではない。その原因には、脳の先天奇形、遺伝子異常、酸素欠乏、感染症、頭部外傷などがあるが、原因を特定できない場合が10〜40%はあるという。

 出生した新生児1000人に対する脳性麻痺の発生率は、海外では2〜3.5人という報告がある。我が国でも同程度だと推測できる。周産期医療が格段に進歩したにも関わらず、この発生率は50年前からあまり変化していない。

 脳性麻痺において脳の障害自体は非進行性だと言われ、ほとんどの人が成人期まで生きる。だが、運動障害や知的障害が強い、嚥下機能の低下が著しい、背骨がねじれながら左右に曲がってしまう側彎(そくわん)症がある、誤嚥を繰り返す、難治のけいれんがある、などの場合には寿命は短くなりやすい。

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