2024年7月16日(火)

家庭医の日常

2022年1月26日

家庭医が反応する「ジェリアトリック・ジャイアンツ」

 高齢者のケアをする際に私たち家庭医が重視する一連の症状がある。「ジェリアトリック・ジャイアンツ(Geriatric Giants)」と呼ばれる。直訳すれば「高齢者医療の巨人」である。「忘れてはいけない重要な症状」という意味で「巨人」と名付けられたのだ。

 古くは1965年から使われた言葉で、当時は高齢者の活動性低下、ふらつき、失禁、そして物忘れを含んでいた。その後の高齢者医療の発達によって、2017年までにはもう少し医学用語としてこなれたフレイル、サルコペニア、食欲不振、認知機能低下が加えられている。私は、これらに独居・孤独とポリファーマシー(多剤投与)もジェリアトリック・ジャイアンツに加えて考えている。

 ジェリアトリック・ジャイアンツに含まれる症状は、そのどれもが、さまざまな疾患や状態が原因となって起こりうるので、何が原因になっているのかを診断していく必要がある。しばしば診断の進め方は複雑で、複数の状態が原因になっていることもある。

 そして、ジェリアトリック・ジャイアンツの症状を放置すると、その高齢者の日常生活全般を維持する機能が低下してさらに大きな問題となっていく危険がある。だから家庭医は、患者がジェリアトリック・ジャイアンツをもつことに気づいたら、こころして対応しなければいけない。冒頭私がはっとしたのは、こうした条件反射だった。

生活の中にある転倒の原因を探る

 一口に「転倒の原因」と言っても多岐にわたる。転倒の既往、神経系の疾患(例:脳卒中、認知症、うつ病)、視力低下、めまい、低血糖、失神、不整脈、起立性低血圧、筋骨格系の疾患(例:変形性関節症、リウマチ)、感染症(例:肺炎、尿路感染症)などの身体的問題に加えて、家屋の段差、不十分な照明、滑りやすい床や階段、ベッドの高さなどの環境因子もある。

 複数の電気機器のコードが床にはっていてそれらに引っかかりそうになっていることなどもあり、できれば家庭訪問をして確認したい。さらに、神経に作用する向精神薬(睡眠薬、抗うつ薬など)の不適切な使用で、日中眠気が出てぼーっとすることが転倒につながる場合もある。

 「最近、母がよく転ぶんです」と聞いて、私は次の1カ月、K.H.さんの転倒の原因を探っていった。

 まずは状況の確認が必要だった。冒頭私が尋ねたように「どんなふうに転ぶ」のかを理解しなくてはならない。患者・家族が考える「転ぶ」と医師が考える「転倒」とがどう違うのか。例えば、つまずくけれど倒れないこと、力が抜けるようにしゃがみこんでしまうこと、もんどり打ってひっくり返ること、それぞれで異なった診療になってくる。

 身体診察では打撲、骨折、捻挫など転倒によるダメージがないか確認する。転倒して頭を打つと、脳とそれを覆う硬膜の間に出血して少しずつ血液が貯留することがあり(慢性硬膜下血腫)、その場合は、転倒してから症状(頭痛、意識障害、麻痺など)が出てくるまでに3週間以上時間がかかる場合があり注意が必要である。メンタルヘルスも重要で、転倒を恐れて引きこもるようになったり、うつ状態になったりすることもある。

 たとえ明らかな外傷がない場合でも、注意が必要なのは、高齢者が転倒したところを家族や介護する人など他人が目撃していたかどうかである。転倒すると一人で起き上がれない高齢者もいる。助けが来るまで床の上で寝転がっていることになり、これは心理的に高齢者本人の尊厳を傷つけたり無力感を増大させたりする。それだけでなく、状況によっては肺炎、床ずれ(褥瘡)、尿路感染症、脱水、夏は熱中症、冬は低体温などを引き起こす危険もある。


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