幸いK.H.さんには転倒の原因となるような身体的問題はあるものを除いて見出せなかった。血圧を下げる薬は飲んでいるが起立性低血圧になることもなく、甲状腺機能も正常範囲だった。S.N.さんの家はK.H.さんにとっては不慣れな場所ではあったが、S.N.さんの家族(夫と高校生の娘2人)によってK.H.さんの安全はよく見守られているようだった。
「よく転ぶ」という状況は、2カ月前から月に2回ぐらい、朝食後居間のソファに座ってS.N.さんとテレビを見ているときに、ソファで横に倒れたり、ソファから床にずり落ちてしまったということで、頭は打つことはなかった。
骨粗鬆症と骨折リスク評価
1カ月前の受診日、今回はそのあるものについて話をしよう、と診察室にS.N.さんとK.H.さんを招き入れて挨拶をすると、開口一番S.N.さんがそのあるものについて話し出したので私は驚いた。
「先生、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)だと転んで骨折して寝たきりになるんですってね。テレビでやってました。母に骨粗鬆症の検査をしてもらえませんか」
骨粗鬆症は、骨の脆さが増して骨折の危険性が高くなる疾患である。特に高齢の女性では骨粗鬆症になるリスクが高い。骨粗鬆症が転倒の直接の原因ということではないが、骨粗鬆症の人が転倒すると骨折する危険性が高くなるので要注意というわけである。
骨粗鬆症の検査というと、日本では骨密度測定のことがよく言われ、40歳以上の女性に健診項目として骨密度測定検査が勧められていることもある。ただ海外では、スクリーニングによって無症状の人たちに多くの骨粗鬆症を見つけてその人たちへ骨粗鬆症治療薬を長期間投与することが過剰医療になっているという指摘もある。いろいろな臨床研究のエビデンスも参考にして悩んだ末に私は、K.H.さんにはまず骨折のリスクを評価しようということになった。
骨折のリスクの評価には、さまざまな計算ツールが開発されている。オンラインでも使用できる代表的なものが、FRAX®︎とQFracture®︎である。
FRAX®︎は英国Sheffield大学で開発されたもので日本語版も利用できる。ただ、正確な計算には骨密度の測定結果を記入する必要があるので、今回はQFracture®︎を用いた。私は、S.N.さんとK.H.さんの前でPCに必要情報を入力して結果を出した。
「K.H.さんがこれからの10年間で骨折する確率は股関節が4.7%、股関節または手首、肩、背骨のどれかが骨折する可能性が7.3%でした」
S.N.さんとK.H.さんはきょとんとして私を見ている。
「わかりにくいですよね(笑)。これは、もしK.H.さんと同じ条件の人が100人いたとすると、10年後にその100人の中で5人弱の人が股関節の骨折をする可能性がある、つまり確率、物事の起こりやすさを示しているんです」
「それって・・・」