例えば、ノートパソコンを家電量販店に買いに来た例を考えてみよう。よくあるやり方としては、値札を見ながら「これ、もう少し安くなりませんか」と店員に伝える。すると、店員は電卓をたたいて「こちらでいかがでしょうか、これがもう限界です」と提案をする。
ここで、「値下げしてもらえてよかった」と喜ぶ前に考えていただきたいのは、なぜたった一言の要求でいとも簡単に値下げに応じてくれたのか、ということである。店側は、顧客は当然に価格交渉をしてくるだろうと予想して、高めの値段を設定していたのかもしれない。値下げの根拠に考えをめぐらせれば、本当に安くしてくれたのかどうかを冷静に判断できるだろう。
こうした価格交渉では、「ここまでなら安くできる」といった情報を多く持つ店側の方が基本的に優位な立場にある。これを情報の非対称性と言う。そこで消費者側は交渉の準備として、事前に他店の価格状況を調べておくだけでも、店頭で表示された価格だけを基準に決定を下すという過ちを回避できる。
交渉のカギは「価格」に集中しないこと
それでは、どのように交渉するのがよいのだろうか。
最も大切なのは、まずは自分が希望する内容や条件を相手に尋ねることである。つまり、価格よりも「条件」がカギであり、条件を含めた交渉をした方が効果的である可能性が高い。
では、「条件」とは何か。
店頭にはさまざまなノートパソコンが並べられている。選ぶ際には価格のみならず、メモリー、CPU(中央演算処理装置)、ストレージ(記憶装置)など、自分に必要なさまざまな条件があるはずで、こうした条件に着目して交渉すると良い。
さらに、パソコンの色や在庫の有無(現物限り)などにも目を向けると、交渉の幅が広がる。多少の傷や汚れがある現物限りの商品や、新商品が出る直前の時期であれば、早く売り切ってしまいたいと店側が思っているであろう。
現状棚に並んでいる商品などを多面的に検討することで、価格だけに目を向けた狭い交渉から広がりが生まれる。直接価格を下げることができない場合でも、ポイント還元率を高める、といった対応を引き出せることもある。
大事なのは、「価格」ではなく「条件」を意識し、多面的な交渉を行うことである。これを交渉学的に言えば、「ターゲット」ではなく「オプション」を意識する、ということになる。
ハーバードの交渉学では、クリエイティブ・オプション(創造的選択肢)に重きを置くよう説いている。交渉の現場では価格などの定量的なターゲットに目を奪われがちだが、ターゲット中心の交渉は、多くの場合膠着を引き起こし、どちらかの譲歩で終えざるを得ない。しかし、さまざまなオプションを出すことによって、予想だにしなかった選択肢が生まれ、双方が納得できる合意につながる可能性が高まる。
たとえば、ある商品の売買交渉から始まった企業同士で、互いがオプションを出し合った結果、協力可能な分野が見つかり業務提携につながる、などである。