89年6月に起きた天安門事件。米国のブッシュ政権(父)は中国への強力な制裁を主張、中国との地政学的な関係から慎重論も少なくなかった日本もやむなく全面的に同調した。
しかしあろうことか、当の米国がその数カ月後に大統領補佐官(国家安全保障担当)を北京に極秘派遣、中国側と制裁解除について会談させていたことが後に明らかになった。
この時のことを知る日本の外交官が後年、「あれほど驚き、米国に裏切られた思いをしたことがなかった」と回想するのを聞いたことがある。
油断できない話をもうひとつ。
トランプ前大統領の補佐官(国家安全保障問題担当)だったジョン・ボルトン氏が前大統領と袂を分かった後、2020年に回想録を出版。この中で、トランプ氏が習主席に、再選への協力を頼みこんだエピソードを紹介している。
舞台は、19年に大阪で開かれた20カ国・地域首脳会議(G20サミット)を機に行われた習主席との会談。トランプ氏は、「中国が米国の小麦や大豆をより多く輸入してくれれば、秋の大統領選の結果を左右する」と述べ、農産物の輸入拡大によって再選を後押しするよう「plea」(懇願)した。
習氏が優先事項として協議する意向を示すと、「あなたは中国史上もっとも偉大な指導者だ」と、へつらうような発言をしたという(「THE ROOM WHERE IT HAPPENED」301ページ)。
ボルトン氏は、かなりきわどい表現だったことをにおわせているが、あの対中強硬派で何度も制裁を課したトランプ氏だから驚く。
〝大国の論理〟の兆候見落とすな
「ペロシ訪台」をめぐって、米中関係はいっそう冷え込み、危険な動きも出てくるかもしれない。しかし、双方とも、激しい言葉を連ねながら、内心では、何が本当に自らのプラスになるか冷徹な計算をめぐらせているはずだ。
いたずらに警戒心をあおるのは目的ではない。反米感情をかきたてるのも本意ではない。しかし、例えばの話だが、米国が対中制裁を大幅に緩和、見返りに中国は台湾への攻勢を大幅にやわらげるなど〝取引〟が成立しないと断言できるか。過去の経緯を振り返ってみれば明らかだろう。
東アジアの最前線で中国の脅威に日夜さらされ、対峙しているのは日本だ。大国の論理で再びはしごを外されることがあってはなるまい。
事態の変化には必ず事前のシグナルがある。疑心暗鬼といわれようが、首脳会談でのやり取りはもとより、日常の何気ない双方の動きに敏感になっておかなければならない。
過去の〝チャイナ・ショック〟をよもや忘れまい。
安全保障と言えば、真っ先に「軍事」を思い浮かべる人が多いであろう。だが本来は「国を守る」という考え方で、想定し得るさまざまな脅威にいかに対峙するかを指す。日本人が長年抱いてきた「安全保障観」を、今、見つめ直してみよう。
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