2022年8月18日(木)

21世紀の安全保障論

2022年8月6日

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吉富望 (よしとみ・のぞむ)

日本大学危機管理学部 教授

1959年生まれ。防衛大学校卒業後、陸上自衛隊に入隊。陸上幕僚監部、防衛省情報本部、内閣官房内閣情報調査室、防衛大学校教授などを経て2015年退官。拓殖大学大学院国際協力学研究科修士課程修了、博士後期課程(安全保障専攻)単位取得退学。主著に『防災をめぐる国際協力のあり方』(共著・ミネルヴァ書房)。

国民の防衛意識の向上

 ロシアによるウクライナ侵攻では、ウクライナ国民の高い防衛意識が見て取れる。この国民の高い防衛意識を後ろ盾として、政府や軍は粘り強く戦い続けている。翻って日本を見ると、有事に際して多くの国民が高い防衛意志を持ち、政府や自衛隊による戦いを支援するかは未知数だ。

 そもそも大多数の日本人には、学校教育において国の防衛について考えたり、有事に際して何をすべきかを議論したり、攻撃から命を守る方法を訓練したりする機会が無い。この現状は、地震などの自然災害に係る学校での教育や訓練が一般化していることの対極にある。

 防災と同様、防衛でも国民の高い意識は不可欠であり、速やかに義務教育および高校、大学において防衛に関する教育や訓練を充実させる必要がある。こうした防衛に係る教育や訓練を適切に行うために必要な教職員の研修、専門の講師の派遣などの予算については、国が防衛費として計上し、文部科学省や自治体に配分すべきだろう。

防衛は防衛省・自衛隊だけでは不可能

 日本国民に防衛意識が無ければ、日本政府および防衛省・自衛隊が戦いを続けることはできない。また、他省庁、自治体、指定公共機関、企業などが国民の命を守り、防衛に協力する態勢も不可欠だ。

 ロシアによる侵攻に対してウクライナが容易に屈しない要因は、ウクライナ軍の善戦だけではない。同様に、防衛省・自衛隊の戦闘能力だけを強化しても、それは砂上の楼閣であり、有事には脆くも崩れ去るだろう。防衛は防衛省・自衛隊だけでは不可能なのだ。

 本稿で例示した三つの事業以外にも、防衛産業の育成・強化、サイバー防衛態勢の強化、情報戦への対応など、防衛省・自衛隊以外の組織が深く関わる業務も防衛費として位置づけられる。今後の防衛費の増額を巡る議論では、国の防衛に必要な業務について全省庁、自治体、指定公共機関、企業などを巻き込んで幅広く議論し、その業務に必要な予算を防衛費として算出すべきだ。防衛費を防衛省・自衛隊の予算に矮小化してはならない。

 
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