2022年12月10日(土)

食の「危険」情報の真実

2022年8月9日

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小島正美 (こじま・まさみ)

食・科学ジャーナリスト、元毎日新聞編集委員

1951年愛知県犬山市生まれ。愛知県立大学卒業後、毎日新聞社入社。松本支局などを経て、東京本社・生活報道部で主に食の安全、健康・医療問題を担当し、2018年6月末で退社。「食」をテーマとして活動するジャーナリスト集団「食生活ジャーナリストの会」代表。主な著書に『みんなで考えるトリチウム水問題』(エネルギーフォーラム)、『メディア・バイアスの正体を明かす』 (エネルギーフォーラム新書)など多数。

 かつて、週刊朝日が「遺伝子組み換え作物を食べるとがんになる」といった記事を載せた。筆者が共同代表を務めるメディアチェック集団「食品安全情報ネットワーク」(FSIN)が訂正と質問状を出したところ、編集長から「市民の懸念の声を取り上げているだけで、あなたたちと科学論争をするつもりはない」との返事が来た。

 このとき、この編集長は「市民の懸念を取り上げるのが記者の務めだと考えているんだ」と思った。しかし、市民の懸念の声を載せるだけなら、何もプロフェショナルな記者はいらず、高校生でも記者は務まる。

 市民グループが主張している主張や事実がどこまで正しいか、また科学的な根拠があるのかを記者なりに吟味して記事を書くのが記者の役割だと思っていたが、どうも記者たちは市民グループの前に立つと、検証能力が鈍化する生き物のようだ。

 残念ながら、こうした記事に見られるような記者(または報道機関)のスタンスは、筆者が1970年代に記者になって以来、50年間変わっていないと思う。

民主主義の主役と記者の行動原理

 しかも、市民グループといっても、その大半は政府や巨大企業に批判的な市民グループが記事に登場する。ゲノム編集食品を支持する市民も少なからずいる(筆者の周囲の知人友人にも多い)はずだが、「私は一日も早くゲノム編集食品が食卓に並ぶのを心待ちしている」といった市民の声を記事で見たことは一度もない。

 記者の手にかかると、「か弱き消費者(市民)は不安をもつのが当然」という前提でメディアに取り上げられる。なんとも不思議な現象である。

 米国の陪審員裁判がその典型的な例であるように、いろいろな分野で最終的な決定権をもつのは科学者ではなく、市民である。政府の代表を選ぶのも市民であり、いまの社会では市民が主役である。その市民によって支えられているのが新聞やテレビなどの商業メディアである。

 いうまでもなく新聞記事(情報)は手に取って触れるものではないが、れっきとした商品である。買う側がそっぽを向いたら、メディアはつぶれてしまう。

 そうした市民社会に育てられてきた商業メディアが、市民の気持ちを重視する習性をもつに至ったのは理にかなった経済原則である。

 その結果、記者は次のような3つの行動原理に従うようになった。

1 不安や被害を訴える少数の市民(弱者)の声を重視する。
2 危険性や未知のリスクを訴える少数の学者や弁護士の声を重視する。
3 政府を監視・批判し、政府の代弁者にならないように行動する。

 この行動原理を一言でいえば、声なき声に耳を傾け、「市民の共感」を得ることだといってよいだろう。市民から共感を失えば、メディアは自滅するしかない。

負の側面を見せたHPVワクチン

 この行動原理は諸刃の刃である。貧困や格差、犯罪などを減らす上ではすばらしい効力を発揮する。ところが、ゲノム編集食品のような科学的なリスクにかかわる問題に突き当たると、切れ味の悪さ(負の側面)が露呈する。

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