2022年12月10日(土)

21世紀の安全保障論

2022年8月12日

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辰巳由紀 (たつみ・ゆき)

スティムソン・センター日本部長

キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。東京生まれ。国際基督教大学卒業後、ジョンズ・ホプキンス高等国際問題研究大学院で修士号取得。在米日本大使館専門調査員、戦略国際問題研究所(CSIS)研究員などを経て2008年より現職。2012年よりキヤノングローバル戦略研究所主任研究員を兼任。専門は日本の防衛政策、日本の国内政治、日米安全保障関係、米国の対アジア安全保障政策。

 このことについて、トランプ政権時に東アジア太平洋担当国務次官補を務めたデイビッド・スティルウェル退役空軍准将は、「米国内でペロシ下院議長の訪台について意見が食い違っている様子が明らかになってしまったことで、中国側がこの一連の動きに反応せざるを得ない状況を作り出してしまった」「もし、通常の議員の訪台の様に、訪問が静かに行われていれば、このような『瀬戸際外交』に発展することはなかっただろう」と、政治雑誌「ポリティコ」誌の取材に対して語っている。

 スティルウェル元国務次官補の発言にあるように、訪問そのものが過去の連邦議員による台湾訪問と同じように静かに行われていれば、ここまで中国が激烈な反応を示すことはなかったかもしれない。バイデン政権がペロシ下院議長の訪台を、特に「一つの中国」政策との整合性の観点からどのように考えているか、早い段階からはっきりとメッセージを発していれば、今のような事態を回避することは可能だっただろう。

 ある上院外交委員会の共和党スタッフも、「バイデン政権側がいくら『連邦議員の訪台は、一つの中国政策とは矛盾しない』と言ってみたところで、中国側は聞く耳を持たない。そもそも、立法府が行政府からは独立しており、行政府と対等な存在だという概念そのものを中国は理解できないのだから」とバイデン政権の対応のまずさを批判していたが、言われてみればもっともである。

緊張関係は日本にも波及

 政治家としてのレガシーを何か残したい、というのは政治に長年身を置いてきた立場の政治家、特にペロシ下院議長ほどのベテラン議員であれば当然とはいえ、北東アジアの安全保障が1996年の台湾海峡危機よりはるかに深刻な危機にさらされてしまっているとしたら、域内の国にとってはいい迷惑以外の何物でもない。事実、日本にとっても、中国側の軍事演習中にミサイルが日本の排他的経済水域(EEZ)に落下するという、日本の安全保障にとっても極めて深刻な事態に発展してしまっており、台湾有事が直ちに日本有事となる危険性が現実のものであることを改めて印象付けた。

 米中間で非難の応酬が続いているだけではなく、中国の軍事演習開始宣言に対して、8月3日付で主要7カ国(G7)外相が、中国に自制を求める緊急声明を出したり、カンボジアのプノンペンで行われた東アジアサミット(EAS)外相会合の際には、林芳正外相の演説時に中露の外相が揃って退席するなど、ペロシ下院議長の訪台以降、台湾問題は、世界の主要国を巻き込んだ事態に発展している。また、中国はすでに、人民解放軍が今後「定期的に」台湾周辺で軍事演習を行う予定であることも発表している。

 これに対してバイデン政権は、96年台湾海峡危機の時に空母打撃群を付近に派遣したように、中国へ警告を発するために何か具体的な措置を取る用意があるのだろうか。「外交のプロ」が集まっているはずのバイデン政権。政権が掲げる「自由で開かれたインド太平洋」へのコミットメントの本気度が試される。

 
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