2022年11月27日(日)

日本の漁業 こうすれば復活できる

2022年8月20日

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片野 歩 (かたの・あゆむ)

水産会社社員

東京生まれ。早稲田大学卒。2015年水産物の持続可能性(サスティナビリティー)を議論する国際会議シーフードサミットで日本人初の最優秀賞を政策提言(Advocacy)部門で受賞。1990年より、最前線で北欧を主体とした水産物の買付業務に携わる。特に世界第2位の輸出国として成長を続けているノルウェーには、20年以上、毎年訪問を続け、日本の水産業との違いを目の当たりにしてきた。著書に『日本の水産資源管理』(慶應義塾大学出版会) 『日本の漁業が崩壊する本当の理由』『魚はどこに消えた?』(ともにウェッジ)、『日本の水産業は復活できる!』(日本経済新聞出版社)、「ノルウェーの水産資源管理改革」(八田達夫・髙田眞著、『日本の農林水産業』<日本経済新聞出版社>所収)。

 毎年あたりまえのように日本沿岸に来遊し、秋の味覚として食卓を賑わせてきたサンマ。北海道から千葉県・銚子、またその西の地方にかけて、水産加工の貴重な原料として貢献してきました。しかし、いつの間にか、他国と同じ資源を獲り合うようになってしまいました。

 日本の太平洋側の海域は、世界3大漁場の一つである北西太平洋海域にあります。わが国は第二次世界大戦後、動物性たんぱく源を水産物に求め、漁業で世界に展開していました。今ではみる影も無くなって来ていますが、1972~88年にかけて世界最大の漁業国でした。

 日本漁船の自国近海への進出を恐れて設定されたのが、77年の200カイリ漁業専管水域の設定でした。わが国は、漁業で攻めるのには慣れていた一方で、他国が日本の近海で漁に進出してくることを怠ってしまいました。一方で、世界中が自国の回りの海の規制を強化しています。

 そのような状況下で、当時資源量が豊富で、公海上の規制がほとんど無かった日本の排他的経済水域(EEZ)の外側は、フリーのままでした。そこを狙って、他国の漁船が進出して来たのです。

 アイスランドと英国のタラ戦争(58~76年)、北欧のサバ戦争(2010年頃~)などの例を見れば、自国の海の周りに対する規制を作っておくべきことは、自明でした。台湾・中国を始め、サンマ漁に期待して漁船に投資した国々は、今さら引き下がりません。

動く漁場と不利になる日本漁船

 サンマの資源が激減してしまい、漁獲量もそれにつれて過去最低を更新していますが、もう一つ大きな問題があります。それは漁場が遠くなっていることです。下図は漁場の変遷です。

(出所)水産研究教育機構 写真を拡大

 

 少し仮説が入りますが、サンマの資源管理が行き届き、資源量が潤沢であったならば、上図の2020年のように三陸沿岸で、ほとんどサンマの漁場が形成されないということはなかったことでしょう。残念ながら、今のままでは来遊が細り、他国と同じ公海漁場でサンマを獲り合う構図が、獲れなくなるまで続いてしまうことでしょう。

 下表は、漁船当りのサンマの漁獲量(19年)をまとめたものです。361隻で内、日本漁船が183隻と半分(51%)を占めています。一方で漁獲量は23%しか占めていません。日本漁船の1隻当たりの漁獲量は250トンであるのに対し台湾船は922トン、中国船は829トンと3倍強となっています。

 台湾・中国船(日本以外の他国はほぼ)と日本漁船には大きな違いがあります。それは、鮮魚のまま自国に持ち帰らず、洋上で冷凍する点です。わが国の場合は、もともと、日帰りでサンマを持ち帰って水揚げして、また漁場に戻るという水揚げパターンでした。

 しかし近年では、日本の水揚げ地から公海漁場まで片道2~3日、往復で4~6日かかります。これに水揚げの時間が加わります。台湾、中国船といった洋上凍結の場合、漁場で冷凍しますので移動時間がかかりませんので、魚を獲り続けることができます。

 つまり漁業に費やす時間が、漁場が遠くなることで大幅に短縮してしまうのです。サンマ争奪戦において日本の漁船は技術力が高くても、これでは物理的に敵いません。

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