2022年12月7日(水)

近現代史ブックレビュー

2022年9月18日

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筒井清忠 (つつい・きよただ)

帝京大学文学部長

1948年大分市生まれ。帝京大学文学部長・大学院文学研究科長。東京財団政策研究所上席研究員。専門は日本近現代史、歴史社会学。『昭和十年代の陸軍と政治』(岩波書店)、『二・二六事件と青年将校』(吉川弘文館)など著書多数。

新たな知見が盛られた
成果多き書

 こうした見解に至る池田の軍歴や、戦後エチオピア政府顧問になったことの経緯など今までに知られていなかった池田の経歴の詳細が初めて明らかにされたことも非常に有益である。また、その他にも服部卓四郎など昭和の陸軍の参謀についてさまざまな新しい知見が盛られており本書の意義は大きい。

 ただ、誤りと見られるところがないわけではない。陸軍大学校卒業徽章=天保銭のことがある。陸大卒業者が天保銭に似た徽章をつけていたので彼らを天保銭組と言ったのだが、本書にはこれが1934年廃止されたと記載されている。しかし、これは36年5月、二・二六事件後に廃止されたのである。事件を起こした青年将校のほとんどはエリートになることを拒み、陸大を受験しなかったのでつけておらず(村中孝次のみ東京で「維新活動」をするため受験し合格した)、あまりにもエリート主義的とする批判が以前からあったため事件後の粛軍プロセスで廃止されたのである。

 著者自身が引用している加登川幸太郎の回想に、天保銭をつけたくて35年12月に陸大に入ったのにすぐに二・二六事件が起き、そのためなくなったので「恨み骨髄」と語る文章がある(25~6頁)。34年に廃止されたのではこの話の辻褄が合わないわけである。

 廃止の経緯についてはこれを担当した陸軍省軍務局軍事課の山崎正男大尉の記録「陸軍大学校卒業徽章の廃止」梅津美治郎刊行会・上法快男編『最後の参謀総長 梅津美治郎』(芙蓉書房、1976、225~6頁)に詳しい。

 この間違いは、大変優れた定評ある昭和史ガイドブック百瀬孝『昭和戦前期の日本』(吉川弘文館、1990)に依拠したためと思われ(336頁)、やむを得ないところもあるが、該書もまま間違いが見られるのである。

 しかしこれは瑕瑾にすぎない。このところ陸軍の軍人に関して出される本が、間違いが極めて多く新しい成果が乏しいことに比すれば圧倒的な成果なのである。

 ちなみにウィキペディアの二・二六事件や陸軍士官学校事件についての記述を見てみたが、前者では根本史料の『東京陸軍軍法会議録』に全く言及がなく、後者では(自著を挙げ恐縮だが)唯一の研究『陸軍士官学校事件』(中公選書)が参考にされていないので首を傾げた。これらは新しい研究によらず、今では覆された古い資料や研究によって記述しているのである。間違いが多くなるのも当然のことと言えよう。著者のような、正確な史実をもとにした研究によるさらなる昭和陸軍史研究の発展を期待したい。

 
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