2022年10月2日(日)

近現代史ブックレビュー

2022年3月17日

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筒井清忠 (つつい・きよただ)

帝京大学文学部長

1948年大分市生まれ。帝京大学文学部長・大学院文学研究科長。東京財団政策研究所上席研究員。専門は日本近現代史、歴史社会学。『昭和十年代の陸軍と政治』(岩波書店)、『二・二六事件と青年将校』(吉川弘文館)など著書多数。

 近現代史への関心は高く書物も多いが、首を傾げるものも少なくない。相当ひどいものが横行していると言っても過言ではない有様である。この連載はこうした状況を打破するために始められた、近現代史の正確な理解を目指す読者のためのコラムである。
大衆運動 新訳版
(著)エリック・ホッファー
(訳)中山元 紀伊國屋書店 2200円(税込)

 最近、思い込みの激しい人が増えてきたという印象が強い。テレビやソーシャルメディアなど、不確かなことを確信をもって話す人、それを待っている人、それをほかの人に伝えて回っている人などでいっぱいという感じがする。

 こういう思い込みの強い人というのは、どんなに正確な事実を並べて説得しても決して考えを変えようとはしないが、こういう人たちが思い込みを強めるのは、同じ考えの仲間がいて自分が正しいことを確認できる機会が頻繁にあるからなのである。言い換えると、この人たちは、本人に自覚がないことも多いが、彼らをメンバーとする広い意味での何らかの集団・運動のメンバーとなっているのであり、その運動の中で思い込みを強めているのである。

 彼らを大量に生み出すのが近代の「大衆社会」であり、広い意味での「大衆運動」というものなのである。

 かつてはこうした大衆運動におけるメンバー間の接触は、大衆集会や集団行進などを中心としていたが、現在はソーシャルメディアなどによって非常に安易になった。わざわざ出かけなくてもスマートフォンなどで手軽にかつ頻繁に接近し自分たちの意見の「正しさ」を確認できるのである。

 こうした事態の原型を明らかにしたのが大衆社会論であり、その流れの中から現れた一つの見事な成果が大衆運動の特質を明らかにした本書である。

「思い込み」の前にある自己放棄

 著者によれば、近代の大衆運動には、確信を持ってある方向に人々を誘導しようとする扇動家が存在し、またそれをむやみに信ずる人々(True Believer)が存在する。後者は、まず自己を放棄し、その後に入ってきたものをどこまでも信じようとする。そのため思い込みが強く、決して信じたことを変えようとはしないのだ。

 ということは、思い込みの前には自己放棄・自己犠牲があるということになる。

 しかしそれにしても、人間というものはどこまでいっても利己性の強いものであって、資本主義などというものもこの人間の求める根源的傾向に合致しているから非常に強力で、覆そうとする試みはいずれも失敗してきたのである。

 この利己性の強い人間に、自己放棄させるというのは至難の業であるはずだが、大衆運動のリーダーはどのようにしてそれに成功するのか。

 ホッファーによると、彼らは、運動に参加させやすい人たちとして非常に欲求不満の強い人たちに目をつけるという。欲求不満の強い人というのは、精神的に苦しめられているのだが、何によって苦しめられているのかというと、自己が修復できないまでに傷つけられているという意識によって苦しめられているのである。だから欲求不満を抱いている人が望んでいるのは自己から逃れることであり、この強い欲求が普通の人間には考えられないような自己犠牲の志向を生むのだ。

 望ましくない自己への嫌悪、自己を忘れ、自己に仮面をかぶせ、自己を投げ捨てようとする衝動によって、自己犠牲を進んで行おうとする気持ちが生まれ、緊密に結びついた集団的な全体のうちに自分の個人的な性格を溶け込ませようとすることになるのである。

 何かの運動に専心しつくす人の中には、もともとそれまでの自分を捨てたがっていた人が多いのだ。捨てた後の内面を埋めたものを簡単に捨てないのは当然のことだろう。これが思い込みの強い人の一つの正体であり、彼らに変化を促すことがいかに難しいかがわかるだろう。

革命を起こすのは「貧困者」なのか?

 ホッファーは、こうした重要な発見を行ったが、それに続きさらに、ほかにもさまざまな傾聴すべき考察を行っている。

 われわれは食べられないということが反乱や革命のような運動に人々が走る原因と考えがちである。マリー・アントワネットはフランス革命を起こした人々について、「どうしてあの人たちはあんなことをするの?」と周囲に聞いて、「食べるパンがないからです」と答えられ、「それならケーキを食べたらいいのに」と言ったと言われている。この話はどこまで本当かはわからないが、広く知られているのは革命を起こした人たちは食べるパンがないからそうしたのだと多くの人が理解しているからである。

 しかし、トクヴィルが名著『旧体制と大革命』(ちくま学芸文庫)に書いているが、当時のフランスの社会状態を調べて驚かされるのは、繁栄が高まったのは1789年の革命の前の20年間であったという。「フランス人は自分たちの生活が改善されればされるほど、それが耐え難いものに感じられたのである」。

 生きるか死ぬかの境目にある人たちの生活には食べ物と寝る場所を確保するという重要な目的があり、その差し迫った課題が達成されると彼らは「満腹して床につく」のだとホッファーはいう。厳しい生存競争が展開される場所では、人々は活動的になるより不活動に追い込まれる。ギリギリの生活をしている人から反抗的な大衆運動・活動などは生まれにくいのだ。

 言い換えるとある程度自由や余裕がある人々の方がこうした運動に加わって来やすいのである。港湾労働者をして、困窮した人を日常的に見ていた著者の着眼だけに説得性は高い。

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