2022年8月18日(木)

近現代史ブックレビュー

2022年7月15日

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筒井清忠 (つつい・きよただ)

帝京大学文学部長

1948年大分市生まれ。帝京大学文学部長・大学院文学研究科長。東京財団政策研究所上席研究員。専門は日本近現代史、歴史社会学。『昭和十年代の陸軍と政治』(岩波書店)、『二・二六事件と青年将校』(吉川弘文館)など著書多数。

 近現代史への関心は高く書物も多いが、首を傾げるものも少なくない。相当ひどいものが横行していると言っても過言ではない有様である。この連載はこうした状況を打破するために始められた、近現代史の正確な理解を目指す読者のためのコラムである。
陸軍中野学校
「秘密工作員」養成機関の実像

山本武利 筑摩選書 1870円(税込)

 陸軍のインテリジェンス教育学校である陸軍中野学校は市川雷蔵主演の大映映画(1966年)で知られだし、ルバング島で戦後長きにわたり降伏せず戦っていた小野田寛郎さんの出身学校としてよく知られるようになった。しかし実像はあまり知られていない。一般向き書物も映画の原作になったものをはじめいくつも出ているが、対象が対象だけにどこまで本当か分からないようなものが多いのである。そうした中、本書は陸軍の公式書類に初めて依拠して書かれている。

 母体ははっきりしないが36年に新設された陸軍省兵務局内で設置が決められ、改変の後、結局40年に所在地の名称から陸軍中野学校となっている。

 本書を読むと、映画などで一般に知られているのとは違う点がいくつもあることに気づかされる。例えば入学者に関し、映画などではいきなり呼び出されて上級将校から色々質問を浴びせられることになっているが、実際は陸軍予備士官学校や幹部候補生出身者などに推薦を呼びかけるなどして希望者を募り、その中から合格者を選抜していたことが分かる。だから命令によって選ばれるわけではないので、辞退する人もいたという。

 映画のようなスパイ教育が行われていたかというと、教育内容の中には例えば「人心獲得」と「物件獲得」のようなものがあり、やはり「悪用」を許されぬものもかなりあったことが分かる。情報工作とはそういうものであろう。

 国籍をなくし戸籍まで抹消されたというのは間違いで、戸籍はあり中佐まで昇進した者も存在している。

 情報の秘匿という点については、同じ時期に受験しながら入学していないものがいるので、入学試験に落ちたのだろうと思っていたらある場所で偶然顔を合わせ、同じ学校に入っておりながら全く隔離していて一切連絡なく生活していたことが分かるという話がある。学生が短期学生と長期学生に分かれており、この長期学生は徹底した諜報謀略専門の教育を受けており各国に長年移住して情報活動することになっていたので一切秘密になっていたのである。この2人は67年に追悼法要で初めて再会したということから、やはり情報活動従事者というのは秘匿が徹底していることがわかる。

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