2022年10月1日(土)

近現代史ブックレビュー

2022年7月15日

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筒井清忠 (つつい・きよただ)

帝京大学文学部長

1948年大分市生まれ。帝京大学文学部長・大学院文学研究科長。東京財団政策研究所上席研究員。専門は日本近現代史、歴史社会学。『昭和十年代の陸軍と政治』(岩波書店)、『二・二六事件と青年将校』(吉川弘文館)など著書多数。

興味深き「革新運動」の気風

 よく言われることとして、中野学校では天皇制について自由に議論ができたということがあるのだが、実際にそのようなことがあったようだ。ただしあくまで閉じられた中野学校キャンパスの中で議論がされたということでありブレインストーミングの一つだと考えるべきだという。

 一方では五・一五事件関係者の吉原政巳が教員をしており、徹底した国体教育が行われていたのである。

 吉原が教えることになったのは、中野学校出身者が40年に神戸事件という英国領事館襲撃未遂事件を起こし、これが天皇の耳にまで入り注意を受けたことと関係があるらしい。英国領事館襲撃未遂事件というが、排英運動を通じて近衛文麿をして天皇に上奏せしめ国家革新を行う、という企図だったという。現実性はかなり疑わしい気がするが、それにしてもこの時期でも陸軍・中野学校の中にこうした革新運動気風というものがあったというのも興味深い。

 彼らの中には北一輝の『日本改造法案大綱』的なアジア解放志向があったわけである。だから、戦後、中野学校出身者の中から谷本喜久男のようなインドシナでベトナム独立同盟(ベトミン)の独立運動に加わり、現地の士官学校の教官となって対仏軍の実戦に参加し後に感謝される人も出たのである。

 また、インドネシア・ビルマ・インドなどの独立運動と中野学校関係者の関係についての中野学校側からの見方としては、中野学校出身者の加藤正夫『陸軍中野学校―秘密戦士の実態』(光人社NF文庫)がある。現地独立運動に挺身協力しながら、成功しそうになると中央の方針が変わり「相手民族との板挟みとなって苦しむ」悲劇が加藤著には指摘されている。加藤も書く通りアラビアのローレンス以来繰り替えされた悲劇である(西欧よりの見方ではあるが)。

 この点、後藤乾一『日本の南進と大東亜共栄圏』(めこん)は、表題通りの書物だが、別の見方を提示している。インドネシアをとって見ても、オランダはインドネシア青年に武器を持たせ軍事訓練を施すことをしなかったのに、日本軍政はジャワ郷土防衛義勇軍(ペタ)を組織。そこで3万3000人のインドネシア青年が徹底した軍事訓練を受け、そこで養成された青年将校が主力となり再植民地化を目指して帰ってきたオランダと4年にわたる独立戦争を戦い勝利、さらに独立後の国軍の中核となったことを指摘しつつ(242頁)、独立付与が遅かったことなど日本側の問題点も著されている。

 それにしても、ノモンハン事件の最中、後方偵察をしていてソ連軍に捕まり最後まで「蒙古人らしく泣き叫びながら死んでゆく覚悟です」と秘密裏に書いて処刑されていった特務機関員の存在を見ると、「情報任務者」とは何かとつくづくと考えさせられる。

 以上のように興味深い有益な内容が多い書なのだが、先述の谷本らの事績のことが書いてないし、「ゾルゲグループを摘発したのは、パールハーバー勃発以降である」(29頁)と書くなど(ゾルゲら検挙は41年10月)中野学校成立前史を扱った第1章には間違いがないではないので訂正されるとさらに有益な書となると思われる。

 
 
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