2022年9月27日(火)

バイデンのアメリカ

2022年9月8日

»著者プロフィール
著者
閉じる

斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。著書に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

 ワシントン・ポスト紙が入手したウクライナ側の機密情報ファイルによると、FSBのウクライナにおける主たる任務は、「政権の内部崩壊」「ゼレンスキー大統領追放」「親露政権樹立」にあり、同政権内部に潜伏させる要員たちの活躍に期待を寄せていた。そのうちの何人かは指示に従い、ウクライナ国防省の作戦妨害に乗り出したが、中には、秘密工作資金を着服したり、侵攻開始直後に嫌気がして謀反を起こしたりした者もいた。

 FSBの戦況見通しも全体として、楽観に満ちたものであり、ゼレンスキー大統領の強靭な反抗姿勢や、同大統領に対するウクライナ国民の我慢強い忠誠ぶりに関しては、ほとんど言及がなく、戦争が困難に直面し、長期化することについては、プーチン大統領にまともな報告を上げてこなかった。

なぜか伝えられなかった「実際の」情報

 FSBが、なぜ見通しを誤ったかについては、いまだミステリーとなっている。

 特に、侵攻決定に先立ち、FSBはひそかに、ウクライナ国民を対象に広範囲にわたる独自の世論調査を実施していた。

 それによると、回答者の大多数が「ロシアに占領されたら徹底的に抵抗する」と答えており、ロシア軍を〝解放者〟として歓迎する空気は当初から存在しなかった。にもかかわらず、FSB展望は「侵攻部隊は市民から歓迎され、すみやかに親露体制が回復される」との楽観論に立っていた。

 しかもFSBは、「首都キーウに向けた電撃作戦により、ゼレンスキー政権は数日間で転覆され、大統領は殺害、身柄拘束あるいは直前の国外逃亡により、政治空白が生じ、新体制樹立が可能となる」ことを前提とした戦争計画まで作成していた。

 ところが、実際には、FSB要員たちがロシア軍部隊とともにキーウ近郊に迫った時点で、早くもウクライナ軍の反撃に直面、撤退を余儀なくされるに至った。

 ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)もほぼ、FSBと同様の報告をクレムリンに挙げていたという。

 このようにロシア側のウクライナ侵攻作戦に関するインテリジェンスがいかに間違いだらけだったかは、その後の戦況が如実に物語っている。

 ロシア軍は首都キーウ制圧を断念後、当初の作戦を転換、ウクライナ南部および東部諸州攻撃に主力を注入してきた。そしていったんは、ドネツク、ヘルソン各州を占拠したとみられていた。

 しかし、ウクライナ軍は「首都制圧」というロシア軍側の出鼻をくじいたばかりか、去る8月29日、南部などでも領土奪還目指し猛烈な反撃攻勢に転じ、特にヘルソン州周辺では、集結した数万人規模の露軍部隊相手に今なお五分五分の戦いを続けている。

 ウクライナ軍は、東部ドネツク州のいくつかの集落についても、すでに奪回したと伝えられる。さらに、ゼレンスキー大統領は今月4日の演説で「われわれはすべての領土を解放する」とさえと述べ、ロシアが併合した南部クリミアの奪還にも乗り出す姿勢を明らかにした。

 一方のウクライナ側の治安・保安体制も、当初は堅固とは程遠い状態であり、ロシア側のスパイ潜入摘発、かく乱工作回避にかなり手を焼いていた。しかし、米中央情報局(CIA)、英秘密情報部(MI6)などからの情報支援を得て、去る7月には、ゼレンスキー大統領陣頭指揮の下に、小学校時代からの友達だった身内のイワン・バカノフ同国情報局長を突如解任、他にも内通者の一掃など、非常措置がとられている。

 いずれにしても、プーチン大統領は、FSBによる「早期傀儡政権樹立」という見通しを真に受けてきた結果、今や、まったく出口の見えない長期戦を強いられていることは間違いない。

新着記事

»もっと見る