デジタル時代の経営・安全保障学

2022年4月29日

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川口貴久 (かわぐち・たかひさ)

東京海上ディーアールビジネスリスク本部主席研究員

1985年福岡県生まれ。専門は国際政治・安全保障、リスク管理。慶應義塾大学KGRI客員所員。2010年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了、08年横浜市立大学国際文化学部国際関係学科卒。最近の論考に「経済安全保障を考慮したガバナンス・リスクマネジメント態勢の構築」(東京海上ディーアール)、「2020年アメリカ大統領選挙と中国の影響力行使」(笹川平和財団)など。
 

 ウクライナとロシアの全面戦争開始から既に約2カ月が経った。ウクライナでの戦闘は熾烈を極め、全土で凄惨な状況が発生している。物理的な空間から離れ、陸・海・空・宇宙に次ぐ「第五の戦場」サイバー空間や「第六の戦場」認知空間はどうか。サイバー空間ではロシア側の作戦の効果に議論があるものの、認知空間ではウクライナ側が優位に立つ。ウクライナや米欧はどのように認知空間で闘っているのか――。

認知空間での闘いには、ウクライナ側が優位に立っているようだが、その戦術とは(提供:Ukrainian Presidency/Abaca/アフロ)

議論のあるロシアのサイバー作戦の効果

 ロシアはウクライナ全面侵攻前および侵攻後、ウクライナに対して大規模サイバー攻撃をしかけた。侵攻以前、ロシアはウクライナの政府ウェブサイトなどにDDoS攻撃(大量のデータを送りつけてサーバーに負担を与えて妨害する攻撃)を仕掛け、2月24日の侵攻当日には破壊型マルウェア(データを消去するワイパー)を起動させた。

 通信や電力などの重要インフラも標的だ。全面侵攻当日、米国ヴィアサット(Viasat)社が運用する通信衛星網「KA-SAT」の地上モデムがサイバー攻撃を受け、ウクライナ数千件、欧州全体で数万件の固定ブロードバンド客に障害が発生した。ロシア軍によるサイバー攻撃とみられている。

 またスロバキアのセキュリティ大手ESETはウクライナのコンピューター緊急対応チーム(CERT-UA)と協力して、ウクライナの電力インフラに攻撃を仕掛けた新たなマルウェアを検知したと発表した。このマルウェアは2016年12月、ウクライナで大規模な停電を引き起こしたIndustroyerの更新版とされる。

 ただし、ロシアによるサイバー攻撃の効果は専門家の中でも見解が分かれている。米国セキュリティ大手のクラウドストライクの創設者ドミトリー・アルペロヴィッチは、サイバー能力がもっとも効果を発揮するのは、純然たる有事でも平時でもない「グレーゾーン」であり、動的(キネティック)な紛争が始まるとその有効性は低下すると分析する。

 ウクライナが14年の危機(クリミア併合とドンバス紛争)以降、サイバーセキュリティ態勢を強化し、米国や北大西洋条約機構(NATO)の支援も相まって、ロシアのサイバー作戦が効果をあげていないとの見方もある。

 一方、NATOの高官や専門家はこうした見方に警鐘を鳴らす。インテリジェンスおよびセキュリティ担当事務総長補のデイヴィッド・カトラー、サイバー脅威分析部門のプリンシパル分析官のダニエル・ブラックはフォーリン・アフェアーズ誌上で、ロシアのサイバー作戦はウクライナ戦場におけるこれまでの最大の軍事的成功だと論じる。「ロシアのサイバー作戦が効果をあげなかったと主張する新たなコンセンサスは大局を見失う」。しかし、こうした見方にも反論があがっている……。

ウクライナ優位が明確な「第6の戦場」認知空間

 このように「第五の戦場」サイバー空間については、ロシアによる作戦の成果や効果に議論がある。しかし「第六の戦場」とされる情報空間・認知空間については、専門家の見解はおおよそ一致している。つまり、ロシアによる情報作戦は事前に予想されていた程の成果をあげていない点である。

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