2022年12月4日(日)

デジタル時代の経営・安全保障学

2022年4月29日

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川口貴久 (かわぐち・たかひさ)

東京海上ディーアールビジネスリスク本部主席研究員

1985年福岡県生まれ。専門は国際政治・安全保障、リスク管理。慶應義塾大学KGRI客員所員。2010年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了、08年横浜市立大学国際文化学部国際関係学科卒。最近の論考に「経済安全保障を考慮したガバナンス・リスクマネジメント態勢の構築」(東京海上ディーアール)、「2020年アメリカ大統領選挙と中国の影響力行使」(笹川平和財団)など。
 

 もちろん情報戦・認知領域の戦いは目新しいものではない。いつの時代も、自国(や同盟国)、交戦相手国、国際社会の人々の認知や感情に働きかけ、自らに有利な世論や情勢を形成することは重要だった。第二次世界大戦下では、敵国の士気を打ち砕く目的で、ラジオや軍用機からのビラ(伝単)という形で情報戦が展開された。

 今回の侵攻では、テレビや新聞といった伝統的メディアはもちろん、ソーシャルメディア上でも情報戦が展開された。旧ソ連圏で利用者の多いメッセージングアプリ「テレグラム」も、ロシア国内やウクライナ向けの認知戦の主戦場の一つだ。

 戦地の人々が実際に経験したことをテキストや動画・静止画でアップロードし、全世界の人々がそれらを直接、受信する。同様に戦地の人々も直接、情報を受信する。

プラットフォーム、デバイス、ネットワークがつくる認知領域の闘い

 それゆえメディアでは、ウクライナでの戦争は「SNSの戦争」と呼ばれることが多い。しかし、ウクライナのSNS上での抵抗は「SNS(プラットフォーム)」だけでは実現しなかった。

 この状況を可能にしたのは、SNS(プラットフォーム)、スマートフォン(デバイス)、4G回線(ネットワーク)の三位一体の普及だ。

 YouTube(05年)、Twitter(06年)、Facebook(06年)、WhatsApp(09年)、Instagram(10年)、TikTok(16年)など、現在、世界で多く使用されているソーシャルメディアは2000年代半ばから普及した(括弧内はサービス開始年)。

 重要な点は、こうしたサービスを自宅のパソコンではなく、高画質なカメラを搭載したスマートフォンで何処からでも使えるようになった点だ。「デバイス」の普及時期は「プラットフォーム」のそれとほぼ重なる。07年6月には、iPhoneが発売され、翌年10月、Androidを搭載した端末「T-Mobile G1」が発売された。

 しかし、実際に大容量の動画をスムーズに共有するに適した通信規格の普及は2010年代半ばとなる。現在、日本では、5Gの商用利用が始まり、6Gの開発も進むが、実際に多くの人が利用しているのは4Gだ。

 各通信規格のキーワードを大まかに説明すると、1G(1980年代):アナログ方式の音声通信、2G(1990年代):デジタル方式のパケット通信やメール、3G(2000年代):インターネットに接続して情報を探すブラウジングや静止画交換、4G(2010年代):動画交換、5G(2020年代):高速・大容量、超低遅延、同時接続である。

 日本で4G回線のスマートフォンの本格的普及が始まったのは12年、4Gサービス契約数が3Gを上回ったのは16年である。ウクライナでの4G普及はもう少し遅いようだ。

 GSMAの報告書によれば、19年時点でウクライナの4G回線接続は全体の約17%に過ぎず、半数(48%)は3G接続だった。しかし、既にこの時点でウクライナの通信大手キエフスター(Kyivstar)社は4G回線基地局に投資しており、20年末には人口の85%に4G回線を提供しているという。

 ウクライナの4G回線の普及が進んでいない段階で、今回の全面侵攻が起こっていたら、認知空間の戦況は現在と異なっていたかもしれない。

ウクライナや米欧認知空間で優位に闘っている要因

 プラットフォーム、デバイス、ネットワークの普及の結果、多くの偽情報・不確実情報がオンライン上に氾濫した。それは軍の展開状況に関わるもの、開戦理由に関わるもの、戦闘地域・占領地域での国際法違反行為に関わるものと多岐にわたる。ただし、偽情報の多くは杜撰なもので、ロシア政府・軍の関与があるかどうか分からないものも多い。

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