2024年4月25日(木)

家庭医の日常

2022年10月21日

 妊娠しようと思ったカップルへ私がお薦めしているホームページは、国立成育医療研究センターのプレコンセプションケアセンターのサイトである。そこにある「プレコン・チェックシート」(女性用と男性用がある)は、私の「プレコン」ケアをする外来でも活用している。ただし、「がんのチェックをしよう」については、特別リスクの高い人を除いては、年齢からも偽陽性から過剰診療につながることを考慮してリストから削除している(このことについてはまた後日この『家庭医の日常』でも取り上げたい)。

適切なアドバイスのむずかしさ

 上記のプレコンセプション・ケアで扱うトピックでは、それぞれ臨床研究のエビデンスがあればそれらを踏まえて進める。ただ、ケアの方針を最新最良のエビデンスで絶えず更新していくことはなかなか大変なことだ。

 例えば葉酸。葉酸はビタミンB群の一種で、妊娠初期に不足すると胎児(お腹の中にいる赤ちゃん)に二分脊椎などの神経管閉鎖障害(neural tube defects; NTD)の発生率が高くなることが示されている。葉酸はほうれん草やブロッコリーなどの緑黄色野菜に含まれるが、ほとんどの妊婦が食事だけから十分な量を摂取することができず、追加の摂取が必要となる。多くの国のガイドラインで妊婦が葉酸を摂取してNTDを予防することを推奨しており、葉酸を摂取してのNTD予防の利益は葉酸摂取の害を大きく上回ることが臨床研究のエビデンスで示されている。

 問題は葉酸摂取するタイミングがそれぞれのガイドラインで微妙に異なることだ。英国血液学標準化委員会と世界保健機関(WHO)(2012)は、妊娠期間を通して、カナダ産婦人科学会(2015)は、少なくとも受胎の2〜3カ月前から分娩後4〜6週または授乳期間中、米国栄養ダイエット学会(2014)は、受胎の1カ月以上前から(終期の記載なし)、米国予防医療専門委員会(2017)は、受胎の1カ月以上前から妊娠最初の2〜3カ月を通して。日本では厚生労働省がe-ヘルスネット(2021)で、「諸外国の研究結果から」として「およそ妊娠1カ月以上前から妊娠3カ月まで」と書かれている(各団体の後のカッコの数字はガイドラインなどの発表年)。

 臨床研究のエビデンスは今後も新しいものが示されるし、それらのエビデンスをどのように評価してガイドラインの推奨に反映させるかはそれぞれの団体に意向による。

 ビタミンAも必要なもので、世界で特定の地域や重度のビタミンA欠乏症の妊婦への投与には有益性があるが、一般の妊婦がビタミンAのサプリメントを常用すると過剰摂取になりやすく先天異常のリスクが高まる。総合ビタミン剤も過剰摂取に注意が必要だ。

 ビタミンAは鰻やレバーに多く含まれるので、土用が近づくと「鰻を食べて大丈夫かしら」と心配する妊婦が増える。日本人の食事摂取基準(2020年版)によると、妊娠初・中期のビタミンAの栄養所要量は一日700マイクログラムRAE(レチノール活性当量、以下単位省略)、耐容上限量は一日2700と設定されている。うなぎ100グラム(小さめの一匹相当)に含まれるビタミンAは2400、鶏レバーは1万4000ほどである。

 私が知っているエビデンスは若干古いが(1995)、一日1万5000以上の摂取で先天異常がのリスクが増えるというものである。鰻やレバーを毎日かなり食べ続けなければ、まず安心して良いだろう。

 複雑なのはビタミンDである。日本ではほとんど言われることがない妊娠中のビタミンD摂取であるが、英国を中心に妊娠・授乳期間中を通して補充することが特にハイリスクの人(肌の色が濃い、日光への曝露が少ない、卵・魚油・肉の摂取が少ない)に推奨されている。

 しかし、最近の研究で、妊娠中のビタミンD摂取は、出生体重を増加させるかもしれないが、早産を増加させるかもしれない(2017)、同じく子癇前症、妊娠糖尿病、低出生体重を減らすかもしれないが、早産を増加させるかもしれない(2019)、というエビデンスが示された。

 どのようにバランスよく最新最良のエビデンスを評価して、しかもわかりやすくケアの利用者へ伝えるか、家庭医の日常でのチャレンジは続く。

不変の科学的知見はない

 コロナ禍でしばしば日本のニュースでも取り上げられたことがある米国大統領首席医療顧問のアンソニー・ファウチ博士(Dr. Anthony Fauci)が「エビデンスあるいは科学的知見は変化していくものだ」ということを印象深く語っていた。英国の医学雑誌『ランセット』のオーディオ番組『ランセット・ボイス』の今月のインタビューである。彼は米国で健康医療部門の研究費を統括管理する国立衛生研究所(NIH)にある国立アレルギー感染症研究所(NIAID)の所長である。

 新型コロナウイルス(COVID-19)という感染症に対峙する米国の科学的、公衆衛生的、そして政治的中枢で関わった3年近くの経験で最も困難だったことは何かと問われ、彼は「科学的情報がうまく伝えられずSNSで誤った情報として拡散されたこと」を挙げていた。


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