2024年7月16日(火)

家庭医の日常

2022年10月21日

 「妊活」が日本の社会で徐々に市民権を得つつあるのに比べて、「プレコンセプション・ケア」は、医療を提供する人たちの間でさえまだ浸透しているとは言えないのが日本の実情だ。妊娠したとわかってからケアが始まり、ケアの範囲が妊婦に限られることが圧倒的に多いはずだ。

 妊娠中の生活についてのアドバイスは、妊娠したことがわかってから聞いてもらうよりも、それを理解して実行するための準備期間を設定するという意味からも、妊娠しようと思った時から聞いてもらう方がずっと役に立つ。さらには、後述の葉酸のように、妊娠してから摂取するのでは重大な合併症の予防に間に合わなくなるかもしれないものもある。

妊娠、出産、育児に関われる家庭医

 家庭医はプレコンセプション・ケアをする上で極めて便利な位置にいると言える。今回のM.I.さんの例のように、妊娠する人とは「別の人」が「別の理由」で家庭医を受診したとしても、そこからプレコンセプション・ケアにつなげることができるからである。扱う健康問題の守備範囲の広さと、今後起こりうる問題を予測しながら予防の手をうつ(プロアクティブ・ケアと呼ぶ)ことは、家庭医の大事な機能である。

 しかも家庭医のプレコンセプション・ケアは、妊娠だけがゴールではない。妊娠、出産、育児という中長期的な視野を持って当事者のカップルとその家族の健康増進に継続的に関わることと、彼らにも自分たちのケアに積極的に参加してもらうよう働きかけるところが特徴だ。

 最初のプレコンセプション・ケアで情報を提供して、それぞれの個人がどのように取り組めるかを相談するトピックには、タバコ、アルコール、栄養、性交渉、運動、慢性疾患、常用薬・サプリメント、以前の妊娠歴、予防接種、就労などのトピックが含まれる。個々のトピックを扱う過程で、そのカップルと個人のキャリアプラン、子どものいる生活観、そして人生観などの価値観に関わることについても、家庭医は理解しようとしていく。

必要となる妊活の情報源の選定

 各トピックの情報自体を「妊活」する人が自分で探すことは可能ではあるが、他の多くの病気や健康についての情報と同様(2021年8月の『患者に「がん検診を受けたい」と言われたら?』 、2022年5月の『慢性腎臓病から見えてくる日本での医療 DXに必要なもの』、同6月の『診療時間外に子どもが頭を打ったらまず何をする?』 )、質の高い日本語のホームページを見出すのはなかなか困難だ。知らない間に特定の医療機関への受診勧誘や自社製品の販売促進に引き込まれてしまわないように注意が必要である。家庭医が適切にナビゲートしていくことが望ましい。

 日本では、妊娠したいと思った時や妊娠したことがわかった時に、そのカップルが健康についての情報を系統的に得る機会は多くない。私の周囲の人からの聴き取り調査では、妊娠する前に情報を得ることは稀で、妊娠したことが分かった後の情報源としては、「先輩ママ」からのアドバイス、医療機関の外来待合スペースに置いてあるリーフレットや雑誌などが多かった。

 雑誌では『たまごクラブ』シリーズ(オンライン版『たまひよ』も含め)が頼りにされているようだ。最も早期に読むことになる一冊『初めてのたまごクラブ』の副題は「妊娠がわかったら最初に読む本」となっている。妊娠がわかってからでは遅いなーと思っていたら、最近同じ会社から『妊活たまごクラブ』が出版された。その副題は「赤ちゃんが欲しくなったら最初に読む本」である。

 バラエティに富むトピックが読みやすくまとめられている。オンライン版『たまひよ』でスマホから気軽にアクセスして読めることも、妊活・妊娠・育児中の人たちとパートナーに支持を得ている理由だろう。

 一般向けの商業雑誌なので仕方がない面はあるが、ある事実が100%正しい(あるいは正くない)と思わせる記述を避けることと情報の出所を明記してもらえるとありがたい。


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