2024年4月20日(土)

オトナの教養 週末の一冊

2013年5月24日

 こうした具体的なサバイバル法は、本書をお読みいただくとして、そういった「秘訣」の根拠となる科学的な研究やデータがエピソードとともに記されていることも、説得力を増している。最近の行動心理学や精神病理学、「回復力遺伝子」に関する知見などにも、断片的ではあるが、ふれている。

 たとえば、事故は、サイコロを転がすように予測不可能な偶然の結果ばかりではない。「事故に遭いやすいという傾向は存在する」、つまり、ある種の人たちに集中する、というのだ。事故を深く調べ、分析した専門家には、「“事故”という言葉をもちいるのは、なんらかの原因について無知であると認めることだ」と語る社会学者もいる。

 権威ある医学雑誌「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)」は2001年、誌面で「事故(accident)」という言葉を使うことを禁じた。事故が不測の偶発的な出来事であり、「ごくふつうのありふれた不運の一形態」だと誤解されるのは好ましくない、という理由からだという。

 「大半のけがや突発事故は予測でき、防ぐことも可能だ」と編集者たちは主張しており、「現代のテクノロジーをもってすれば、そうした出来事がいつ起こるかはしばしば予測可能である」。

 そこでBMJは、けが(injury)を生みだす出来事(incident)を指す新しい言葉、injidentを提案しているという。

「生還したあと、どう生きるか」
心の自己治癒力をもっと信じるべき

 injident という観点からの防止対策、そして事故に遭遇したときの対処法。これらはもちろんサバイバルのために重要だが、本書の肝は、「生還したあと、どう生きるか」にある。いいかえれば、困難から立ち直る「回復力」であり、後半の章にはその処方箋が示されている。

 カンボジアのキリングフィールドやボスニアの殺戮現場、ルワンダの大量虐殺の地、世界貿易センターの廃墟。こうした現場へ赴き、心に痛手を受けたサバイバーたちを治療してきた医師の話が興味深い。

 想像を絶するほどの残虐行為を受けた人であっても、「苦しみを克服する力をもたない人間はひとりとしていなかった」。ハーバード・メディカルスクールのリチャード・モリカ医師は、頑としてそう語った。「私が見ているうちに、みんな立ち直っていったのです」。

 <人はなぜ、胸をナイフで刺された傷は治っても、心に受けた傷は治らないとすぐに思いこむのだろうか? 生物学的な意味で、体の傷と心の傷に差はないのだ。>

 <モリカ医師はこれを「自己治癒力」と呼ぶ――この力は、どんな人間の内にも存在する。>

 たしかに、私たちは肉体の自己治癒力とともに、精神の治癒力をもっと信じてもよいだろう。いや、強く信じるべきなのだ。

 私たちは心構え次第で、「自分で思うよりもずっと、自分の運命をコントロールできる」。そんな確信を、本書は与えてくれるだろう。


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