2023年1月30日(月)

家庭医の日常

2023年1月24日

»著者プロフィール
著者
閉じる

葛西龍樹 (かっさい・りゅうき)

福島県立医科大学 医学部 地域・家庭医療学講座主任教授

1984年北海道大学医学部卒業。北海道家庭医療学センター設立および所長を経て、2006年から現職。英国家庭医学会 最高名誉正会員・専門医(FRCGP)。日本プライマリ・ケア連合学会監事。著書に『医療大転換 ─日本のプライマリ・ケア革命』(ちくま新書)など多数。

レカネマブの安全性と今後

 「Clarity AD」研究では、レカネマブの安全性についても検討していて、さまざまな副作用の出現頻度について、レカネマブ投与群とプラセボ投与群とで比較している。

 その結果、多くの副作用の出現頻度は両群で同程度だったが、薬剤の静脈内投与に関係した副反応(レカネマブ投与群26.4%、プラセボ投与群7.4%)と、陽電子放出断層撮影(PET)でのアミロイドに関連した浮腫や貯留液を伴う画像異常(レカネマブ投与群12.6%、プラセボ投与群1.7%)では両群に大きな差が認められた。

 特に後者は、早期アルツハイマー病の患者が対象であるだけに、今後どのような影響があるかを長期にわたって追跡する必要があるだろう。「Clarity AD」研究チームでは、さらに2年間の追跡研究をすることになっている。

 レカネマブは早期アルツハイマー病の治療薬として画期的なものであり、この疾患に苦しむ患者と家族にとっては数少ない希望である。しかし、そのことは理解できるものの、「Clarity AD」研究が示したレカネマブの認知機能低下(症状悪化)抑制効果はささやかであり、一方安全性については将来にわたる懸念を払拭するにはまだエビデンスが不足していると言わざるを得ない。これらのバランスを考えると、すぐに多くの患者に利用したい治療とは言えない、というのが現時点での私の所感だ。

 その他、日本では、早期アルツハイマー病の診断にPET検査(現在約10万円)を多用するといった過剰診療の問題や、無症状の人に認知機能低下がないかスクリーニングをするといった臨床研究のエビデンスの乏しいことが「流行する」のではないかとの懸念もある。これらについてもまた別の機会にお話ししたい。

 なお、英国で多くの診療ガイドラインを作成しているNICE(National Institute for Health and Care Excellence)は、治療薬や診断機器などの医療技術を医学的、経済的、社会的な側面も含めて総合的に評価する医療技術評価(ヘルス・テクノロジー・アセスメント; HTA)も重要なミッションの一つとしている。NICEはそのホームページで、昨年12月6日に英国保健・公的介護省からの依頼でレカネマブのHTAを行うこと、そして製薬会社側からの要請で、先方が十分包括的な提出物を用意するために、予定を繰り下げて今年の8月下旬から検討を開始することを明らかにしている。

 NICEの緻密で比較的公正なエビデンスの検討結果は、今後レカネマブをどのように臨床の現場で取り扱うべきかを考える上で大いに参考になるだろうと私は期待している。

 その日のT.T.さんの診療はこんな会話で終わった。

「でも、先生。お薬飲まなくても30センチの脚立を使えるって、何か得した感じになりませんか」

「いやいや、T.T.さん。それはたとえ話で、実際には、人間何もしないで時間が経てばもっと認知機能が落ちていくってことですよ」

「なるほど。小人閑居して不善をなすってことですね」

「ちょっと違うような気がしますが、まあ君子でも認知機能は落ちるでしょうね」

 
葛西龍樹氏が「プライマリ・ヘルス・ケア」を担う人材育成の構築の必要性を指摘した「医療人材の育成方法にメスを 地域に必要な専門医とは」はWedge Online Premiumにてご購入することができます。

  
▲「Wedge ONLINE」の新着記事などをお届けしています。


新着記事

»もっと見る