<本日の患者>
T.S.さん、50歳、男性、大学経済学部教授。
「先生、ここのところもう少し詳しく教えてもらえませんか。この治療をすると心筋梗塞の相対リスクが0.78になりました。95%信頼区間が0.69から0.90です。治療の効果があったってことですね。でも実際にはどのぐらいリスクが下がったのでしょう。比率だけでは実感が湧きにくいです」
私がパソコンの画面に示した論文の一箇所を指差して、T.S.さんはこう尋ねた。
T.S.さんは今日が2回目の受診で、転居のため今後の診療を引き継いてほしいと依頼する前の主治医からの診療情報提供書(紹介状)を持って、私がいる診療所を2週間前に初めて受診した。この市内にある大学の経済学部の教授に選考されて、先月前任地からこちらへ引っ越してきたばかりだった。
1年前に急性心筋梗塞を起こし、緊急で心臓カテーテル治療を受け、冠動脈にステントが入っている。現在の内服薬には、アスピリン(アセチルサリチル酸)、β遮断薬、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)、HMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン)など適切なものが含まれていた。
前回の診察の終わり頃に「他に何か心配なことはないですか」と尋ねると、たくさんの質問が出てきた。
アスピリンの役割
「今更なんですが、アスピリンは何の役に立っているんですか。痛みも熱もないのに、ずっと飲み続けないといけないのですか。血液をサラサラにする薬は血が出やすくなるって同僚から聞いたんでそれもちょっと心配なんです」
「そうですか、今飲んでるアスピリンについてそのような疑問と心配があるんですね。前の先生は、アスピリンについてどのように説明をしていましたか」
「それが、きっと説明はしてもらって私も聞いたはずなんですが、覚えてないんですよ。心臓発作で死ぬかもしれないと思って気が動転していたんでしょうね。その後は先生も忙しそうで、ついつい聞きそびれてしまって」
「そうだったんですね。無理もないと思います」
その後の会話で、T.S.さんは「できたら臨床研究のエビデンスも知りたいです。自分は仕事がら英語の論文も読むし、統計も理解できます」と言ったので、詳しい説明のための時間をとることにして、今日の予約を設定したのだった。