2022年10月6日(木)

家庭医の日常

2022年8月25日

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葛西龍樹 (かっさい・りゅうき)

福島県立医科大学 医学部 地域・家庭医療学講座主任教授

1984年北海道大学医学部卒業。北海道家庭医療学センター設立および所長を経て、2006年から現職。英国家庭医学会 最高名誉正会員・専門医(FRCGP)。日本プライマリ・ケア連合学会監事。著書に『医療大転換 ─日本のプライマリ・ケア革命』(ちくま新書)など多数。

病気や症状、生活環境がそれぞれ異なる患者の相談に対し、患者の心身や生活すべてを診る家庭医がどのように診察して、健康を改善させていくか。患者とのやり取りを通じてその日常を伝える。今回は前回「家庭医、肥満ケアに悩む!ただの生活習慣病ではない」の続き。
(Jelena Stanojkovic/gettyimages)

<本日の患者>
T.H.さん、42歳、証券会社営業マン。

 私は学生の頃から映画が好きだった。

 映画好きが高じて、家庭医と家庭医を目指す人たちへの教育でも一貫して映画を使ってきた。映像を医学教育に使うことを「シネメデュケーション(cinemeducation)」と呼ぶ。これについての論文もいくつか書いている。映画は、感情、態度、ナラティブ(言葉・語り)、そしてコミュニケーションについて振り返る機会を提供する格好の総合芸術で、医学教育の究極のゴールである「プロとしての人格形成」にも役立つと言われている。

 医学医療は科学に基づいていて、科学は客観的な事実に価値を置く。客観的かつ実証主義的なアプローチが医師にとって重要であることは間違いがない。しかし、それを強調するあまり、医学教育ではしばしば感情への配慮と人間関係についての洞察が置き去りにされてきた。

 家庭医は、客観的な所見とデータを参考にするだけでなく、医学医療の主観的側面にも着目する。それは、例えばある人の血圧の測定値(数字)がどうかだけでなく、その人がその数字をどのように思い悩んでいるかについても配慮してケアをすることを意味している。そのため、家庭医には客観的なものと主観的なもの両方をバランス良く学ぶ機会が必要なのである。

シネメデュケーションの方法

 シネメデュケーションのやり方は指導者によってさまざまである。今や若手も含めて多くの指導者が映画や芸術を医学教育に取り入れているが、私の他に1990年代からシネメデュケーションをやり続けている、いわば「シネメデュケーションのオタク」が世界で2人いる。

 米国、ノースカロライナ州チャペルヒルのマシューは、臨床心理士らしく虐待や嗜癖(しへき。薬物など特定の物質使用や行動をやめられない状態)など心理的介入が必要なテーマを扱う映画の一部(クリップと呼ぶ)を使い、特定の心理的問題へのアプローチを考える。

 プラジル、サンパウロの熱き家庭医パブロは、学習者にクリップを作成させ、そのクリップのタイトルを何にするかをグループで「ダイナミックに」語り合うことで、人生の重要なテーマへの洞察へ誘うことを好む。

 私の場合は、私が作成した10分程度のクリップを学習者たち(10〜15人ぐらいが良い)と一緒に観た後で、そのクリップについて自由にコメントを出し合う方法だ。時にはある質問(「シネQ」と呼んでいる)を設定して、そのシネQへの答えを探しながら語り合うこともある。

 同じ映画の同じ場面を一緒に観ても、人それぞれコメントは多様であり、類似した内容のコメントでも使われる言葉と言い回しがまたさまざまであることを実感することは、良い学びになる。診療場面で自分と患者双方が使う言葉と言い回しへの心遣いが、患者が抱える問題の理解を深める傾聴へつながる。

 前回2022年7月の『家庭医、肥満ケアに悩む!ただの生活習慣病ではない』の末尾で紹介した映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』(原題『I, Daniel Blake』、監督ケン・ローチ、主演デイヴ・ジョーンズ、16年)は、私がぜひシネメデュケーションで取り上げたい作品の一つだ。

 あ、T.H.さんが再診で来たので、まず彼のケアを優先しよう。

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