2022年12月6日(火)

家庭医の日常

2022年8月25日

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葛西龍樹 (かっさい・りゅうき)

福島県立医科大学 医学部 地域・家庭医療学講座主任教授

1984年北海道大学医学部卒業。北海道家庭医療学センター設立および所長を経て、2006年から現職。英国家庭医学会 最高名誉正会員・専門医(FRCGP)。日本プライマリ・ケア連合学会監事。著書に『医療大転換 ─日本のプライマリ・ケア革命』(ちくま新書)など多数。

爪周囲炎から肥満ケアへ

 T.H.さんは、予約通り前回の受診から1週間後にやってきた。診察室に入る時の彼の表情は悪くなかった。それを見てホッとした私の表情に彼も気づいたはずだ。

 「どうも先生、良くなりました。腫れも痛みもズキズキも無くなって。ありがとうございます」

 「良かったですね。抗菌薬はどうでしたか。下痢や腹痛など困ったことはありましたか」

 「全然なし、大丈夫でした。今朝で全部飲み終わりました」

 「それは良かった!爪周囲炎の治療はこれで終了です。今度麻婆茄子を作るときは気をつけて下さいね」

 「ははは、しばらく茄子には触りたくありませんよ」

 T.H.さんの気持ちが和んだところで、私は次の健康問題へ向かうことにした。

 「T.H.さん、他に心配なことはありませんか」

 「いえ、特には……」(T.H.さんの表情が若干曇った。警戒心かもしれない)

 「じゃあ、T.H.さんぐらいの年齢になると起こりやすくなる病気を防ぐ情報について、ちょっと私の方からお話ししてもいいですか」

 「えっ、そんな病気があるんですか。教えて下さい」

 私が肥満あるいは体重にだけ焦点を当てないで、まず病気の予防全般を話題にしたことが功を奏して、「減量しろ」と言われるのではないかというT.H.さんの警戒心を解いて、興味を持って私の話を聞いてくれた。

 彼の年齢では特に心血管系の疾患を予防することが重要であることの認識を共有した後で、じゃあT.H.さんにはどんな危険因子があってそれをどう改善できるか一緒に考えることを私は提案した。

 こうした場合、実際には「私にはわからないので先生にお任せします」、あるいは「どうしたら良いかを考えるのが医師の仕事でしょ」と反応する患者もいる(もちろん家庭医にはそれぞれに対しての進め方はあるので、また別の機会にお話ししたい)。

 ただ、T.H.さんは証券会社の営業マンなので、仕事柄顧客の意向を伺いながらそれに沿った最適ポートフォリオを提案したりするのではないかと私は想定して、T.H.さんがもつ心血管系の危険因子とそれらへの対処法を一緒に考えようと誘ったのだ。これはうまく行った。

「アライアンス戦略会議」で危険因子を探る

 「アライアンス(同盟)の戦略会議みたいな感じですね」。T.H.さんの目が輝いた。

 「そうですね。さあ、今回持参してもらったT.H.さんの健診結果を見てみましょう。どこから攻めましょうか」。2人の間に健診結果通知書が広げられる。

 「えーっと。あ、ここに『小さくなるほど動脈硬化の可能性が高くなる』という円グラフがあるのでわかりやすいですね。えーっと、BMI、腹囲、収縮期血圧、拡張期血圧、中性脂肪で円グラフが凹んでいます。ボコボコですね(笑)。ところでBMIって何ですか」

 「体重のキロをメートルで表した身長の2乗で割った体格の指数になります。T.H.さんの場合は、検査項目にある測定結果から、98 ÷ 1.75²を計算して、そこにある32.0になるのです」

 「私の場合、BMIも心血管系の危険因子になるんですね」

 「そうなんです。日本人のデータではBMIが25以上でリスクがあると考えています」

 「なるほど。どうにかしなきゃいけないですねー」

 T.H.さんの口から変化に向けての肯定的な言葉(チェンジトークと呼ぶ)が出たことを嬉しく思いながら、私は、あらかじめ彼に尋ねて同意を得た上で体重のことも話題にしていった。このようにしてT.H.さんが名付けた「アライアンス戦略会議」を進め、他に肥満の原因がないかの身体診察もひと通りして、次回の診察日を予約して2回目の診察を終えた。

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