2024年4月17日(水)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2023年1月31日

企業や個人のビジョンにも表れる

 インバウンド6000万を目標とする時代で、観光が主要産業だといっても、単純に伝統的な不動産系の財閥企業が参入しても、簡単に成功はできていない。これも、経営層に膨大な周辺情報を集約して判断する経験に乏しいからだろう。

 もっと言えば、ある規模を超える大企業の場合、経営者には中長期的なビジョンが求められる。自社やその産業だけでなく、場合によっては日本経済や世界経済の行く末に関する大局観が必要となる場合もあるだろう。そうでなくては、大きな経営判断はできないし、財界としての方針も出せない。

 そうなると、政治経済だけでなく、文化文明のレベルにおける見識も必要となる。そうした見識を支えるものは、膨大な情報量を一定の価値観から整理した真の教養に他ならない。

 そのような教養とは、経営陣にだけ求められるものではない。変化の激しい時代において、どのような職業選択をするのか、思い切って転職に踏み切るのか、現職にとどまるのか、個々人にも大きな判断を迫られる局面は多くなった。

 そのような場合に、単に年収条件や、過去の延長から来る選択肢だけで判断していいとも言えなくなった。より幅広い周辺情報を集め、整理する教養というものが個人の人生をも左右する時代だとも言える。

付加価値の創造にも不可欠

 その他にも、ビジネスの分野において教養とは「付加価値」の創造にも消費にも極めて重要な意味を持っている。この点も含めて、「食うのに必死」な戦後の混乱期を乗り越えた日本人が、「衣食足りた後の礼節」において教養を軽視してきたことのツケは大きい。教養を軽視したために、あるレベル以上の高付加価値産業の経営ができなくなり、また経営判断を誤ったために、ほとんど国を滅ぼすような衰退を40年続けるに至ったのである。

 その意味で、遅きに失した感はあるものの、ようやく「教養」が再評価されるようになったのは望ましい傾向だ。教養とは極めて奥の深い、そして息の深い情報収集と整理という人間の営みである。

 国家が先進国の水準を維持するには、付加価値の創造にも消費にもこの教養が不可欠であることを思えば、失われた「40年」に出口を見いだせるかどうかは、国民の教養水準にかかっていると言っても過言ではないだろう。

 
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