まず、米英独の花形戦車であってもロシア軍の歩兵が携行する対戦車火器は大きな脅威だ。こうした歩兵を制圧するためには、戦車に随伴する歩兵や戦車の前進経路周辺を砲撃する砲兵が必要となる。また、砲兵は戦車を砲撃する敵の砲兵を制圧する上でも不可欠だ。
更に、空から戦車を狙う敵の航空機、対戦車ヘリコプターおよび攻撃型ドローンに対処するためには、防空部隊による支援も欠かせない。もちろん、戦車部隊の上空をカバーする戦闘機も必要となる。加えて、戦車が前進するためには、仕掛けられた敵の地雷を処理したり、渡河を支援したりする工兵も重要となる。
それだけでなく、戦車を継続的に稼働させるための後方支援機能もネックとなる。ウクライナ軍は従来、旧ソ連(ロシア)製の戦車を使用してきたため、M1エイブラムス戦車、チャレンジャー2戦車およびレオパルト2戦車などに固有の予備部品や修理器材は皆無だ。これらを十分に準備しなければ戦車の運用はできない。
また、旧ソ連(ロシア)製のT-72戦車などは重量が50トン以下であるが、今回供与される戦車には重量が60トンを超えるものもある。このため、故障・損傷した戦車を回収するための戦車回収車および長距離輸送のための戦車トレーラーについても、その重量に対応できる装備が必要となる。
更に、ウクライナ軍の兵士は供与される戦車の整備や修理に関する教育・訓練を受けてはいるが、高い技術を要する整備や修理については米英独の技術者の支援が必要であり、そのための態勢作りも必要だ。このように、供与された戦車の戦力発揮のためには、戦車を前線で掩護・支援する機能および後方支援機能を整えておく必要があり、米英独およびウクライナがこの点をクリアできるのか、懸念もある。
情報戦でロシアを利する懸念も
これまでに欧米がウクライナに供与した高性能の装備品、例えば米国製のジャベリン対戦車ミサイルや高機動ロケット砲システム(ハイマース)の動向はメディアが大きく報道しているが、今回、供与される米英独の花形戦車への注目度は一段と高く、メディアはこれまで以上に大きく報道するだろう。このことは、これらの戦車が欧米、ロシアの双方にとって情報戦上の大きな価値を持つことを意味する。
特にロシア政府としては、開戦以降の戦況は芳しくなく、兵員の損害も多く、国民の士気を鼓舞できる材料に乏しい状態が続いている。ここで高性能の米英独の戦車がロシア軍を蹂躙する事態になれば、ロシア政府にとっては苦々しいことに違いないが、ロシア国内では情報統制が可能であり、情報戦上の悪影響は限定的なものになるだろう。
その一方で、ロシア軍が米英独の花形戦車を戦場で捕獲または撃破し、その戦車または残骸をモスクワの赤の広場に運んで展示できれば、その情報戦上の効果は絶大だ。ロシア国民やロシア軍人の士気を高めるのみならず、ロシア寄りの姿勢あるいは反欧米の姿勢を示す国々を勇気づける可能性もある。