2024年4月20日(土)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2023年5月9日

 問題は、欧州が直面する(台湾に関する)危機は、欧州の問題ではないので巻き込まれるべきではないとのマクロンの発言は、台湾に対して武力攻撃の威嚇を行う中国に対して、西側の抑止力を甚だしく損なうことになる。

 この論説によれば、戦略的自律でより強化されたEUが、米国が中国と対抗する上でもより信頼できるパートナーであり、そのためには何でも米国の言うなりになるわけには行かないとの原則論を展開している。しかし、その例示として台湾危機での対応を例に持ち出すことは極めて不適切である。

 言いたかったのは、米国下院議長と蔡英文の会談により中国が反発し、中国の武力行使に巻き込まれたくないということなのかもしれないが、それを恐れて中国の言いなりになるのなら、それこそ中国が狙っていることであり、結局は台湾の民主主義を見捨てることになる。

 中国による武力侵攻は、欧州の戦略的自律とは関係なく、アジアの安定のみならず世界全体に大変な影響をもたらす大惨事である。が、マクロン発言にも、またこのハダドの論説にもそういった切迫した危機感が共有されていない。

 他方、この論説は、マクロンの発言が偶発的な失言ではなく、より根深い背景があることを理解させるものである。要するに、フランスやドイツ、イタリア、スペインなどEUの大国は、中国の不公正貿易や人権問題を懸念しつつも、中国とのビジネス関係を極めて重視しており、中国との冷戦状態になることを望んでおらず、米国が一方的にデカップリング(分断)政策で中国と対立を深め、EU諸国に同調を求めることに不満があるわけである。

 また米国が、バイデン政権においてもEUに対する鉄鋼課税やインフレ抑制法による不利な扱いを行う通商政策にも不満があり、それらの点は日本も共有できる問題である。しかし、そのような通商問題と、安全保障の問題は次元が異なると言わざるを得ない。

広島サミットで対中認識の共有を

 ウクライナ戦争によって、欧州の安全保障が米国に依存していることが改めて認識され、マクロンの戦略的自律論は棚上げになったかと思っていたが、ハダドによれば、EUが戦略的に自立できていないからウクライナ問題が解決できないとのことである。ではウクライナ問題を解決できるEUの戦略的自律とはいったい何を想定しているのか。

 主要7カ国(G7)広島首脳会議の機会に、台湾の民主主義を守る問題は、対中国経済関係とは次元の異なる問題であるとの危機感を共有し、西側諸国が一致して中国に武力行使をさせないよう抑止力を強化すること、併せて、ウクライナ問題の帰趨が中国の台湾侵攻の可能性に大いにかかわるものであることをマクロンに理解してもらい、ロシアに対して揺るぎない対応を打ち出す必要がある。

 また、対中経済問題については、完全に歩調を合わせることは難しいにしても、中国に対する懸念がG7で共有されること、またG7諸国相互間の経済摩擦問題については、誠意をもって解決されるよう一層円滑な意思疎通を図る必要があろう。

   
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