今回の尹錫悦政権による処理水視察に対し、野党となった「共に民主党」は「視察団が安全性を認めれば結局、福島産水産物輸入禁止措置の根拠を失うことになる」と糾弾し、鄭清来最高委員や李在明代表までも「福島汚染水、安全なら飲用水に使え」などと訴えた。
処理水放出を取り巻く現状と地元の懸念
では処理水放出について、日本国内の世論状況はどうか。
昨年12月に行われた調査では、処理水海洋放出に賛成する意見が福島県在住者(50.9%)、岩手県・宮城県・茨城県在住者(49.3%)、全国(46%)といずれも《反対》《わからない》を上回っている。
さらに、インターネットメディアが5月25〜26日にかけ全国10〜60代男女1000人を対象に質問した別の調査でも、処理水放出を「積極的に行うべき」「仕方ない」が合わせて77.3%にも及び、「排出すべきでない」と答えた人は22.7%と全体の2割程度に留まることも分かった。
ただし、処理水放出には地元を中心に少なくない懸念も寄せられている。
昨年末に経産省が東日本の太平洋沿岸にある7つの道と県の水産業や農業などの生産者に行ったアンケートでは、ALPS処理水放出で注視すべき動向を55%が《とくになし》と回答した反面、45%が販売価格低下や販売量減少などの《風評》を懸念しており、特に水産業者で突出している実態が明らかになった。
この傾向は21年5月に福島民報・福島テレビが福島県民を対象に行った調査とも合致する。この時も、処理水の海洋放出による懸念は「新たな風評の発生」が40.9%、「県民への偏見・差別」が18.1%、「県内産業の衰退」が12.1%であった一方、「健康被害」を懸念するのは11.0%に留まっていた。
さらに、地元紙福島民報が4月に行った福島県内59市町村長に行ったアンケートでは93%が「処理水放出によって風評被害が起きる」と答え、「理解が広がっていない」と答えた割合は59%となっている。
これらの状況からは、《処理水の科学的安全性と海洋放出の妥当性は地元も含め全国的に理解が浸透しつつある》《処理水放出で「汚染が起こる」と誤解している人は少ないが、「風評が起こる」と確信する人は多い》《地元は風評による経済的損失と偏見差別を非常に強く恐れている》という実情が見えてくる。
地元に残されたトラウマと恐怖
地元が恐れる風評や偏見差別とは、具体的にどのようなものか。
東電原発事故後は「物が売れなくなった」のはもちろん、前述したような悪質な流言飛語、不安を煽動する印象操作が日本国内でも盛んに飛び交った。福島県民に対する「福島の人と結婚してはいけない」「がんや奇形などの健康被害が多発する」に類した偏見差別、「放射能」を理由としたいじめも多発した。
結果、20年度になっても、「福島では被曝によって次世代に健康影響が出る」などと誤解している割合が国内で平均4割にも上ることが環境省の全国調査で分かっている。東京都民を対象とした21年の三菱総合研究所の調査でも同様の傾向が確認できるほか、福島県産品を家族や知人に食べさせることを約4人に1人、24.1%の都民が忌避する実態も明らかになっている。
こうした実情と苦い体験から、地元には「経済的損失や偏見差別を向けられたトラウマと恐怖」「それら風評や人権侵害から護ってもらえなかった諦観と不信感」が根強く残る。そのため、放出賛成が多数派となった今も「科学的な安全性は百も承知だが、風評対策が不十分」との不安が拭いきれていない。