2024年5月21日(火)

Wedge REPORT

2023年6月10日

 処理水放出反対を強く訴えてきた福島県漁連の野崎哲会長も、朝日新聞の取材に対し「数値を示されて『安全です』と言われても、それで消費者が『安心』するとは限らない」「たとえば原発事故後は、検査で安全性を証明したカツオを築地へ出荷したのに、競りにかけてすらもらえないこともありました」と答えている。

誰のため、何のための「反対」か

 これらの事実から、処理水を巡る喫緊の課題が「風評・偏見差別」であることは明らかだ。当然、政府も重点的な対策を行っている。昨年末には新聞やテレビ、駅構内などさまざまな場所で大々的な広告を展開した

 ところが、最近でも科学的・客観的事実を伝えるより「不安」を前面に押し出して強調する記事はいまだ多い。たとえば朝日新聞は5月30日、『福島第一原発からの処理水海洋放出について取り上げます』と銘打って開始した連載「てんでんこ」の初回で『このまま海へ?』『処理水「安全」と言うけれど…マイク握った17歳』と書いた。

 北海道新聞は社説で「理解なお不十分」「放出時期の決定を見直し、内外の十分な理解を得るまでは放出しない態度を明確にすべきだ」と主張する。東京新聞も『風評被害を心配する声は消えておらず、健康被害への疑いも晴れていない。(中略)現状では安全性が十分に担保されているとは言い難い』『海洋放出を強行すべきではない』と訴えた。

 今年4月6日には《世界平和アピール七人委員会》が大石芳野、小沼通二 池内了、池辺晋一郎、髙村薫、島薗進、酒井啓子諸氏という権威ある学識者たちの連名で『汚染水の海洋放出を強行してはならない』との声明(日本語版と英語版)を発信した。

 声明は「水とともに体内に入ったトリチウムからのベータ線はDNAを破損させる以上のエネルギーを持っているので、内部被ばくの被害を引き起こす可能性がある」「原発周辺地域で子どもの白血病の発生率が高いとの疫学調査結果もある」と主張するが、これらの噂はこれまで何度も科学的に否定されてきた

 ところが、声明は『科学的決着がついていない』『私たちが採るべき方策は、科学以外の判断原則に準拠して当面の行動を決めることである』『事故炉の剝き出しの核燃料に触れた処理水と通常運転時の排水を、同様に考えることはできない』などと宣言し、処理水を『汚染水』と呼ぶ。

 社民党の機関紙社会新報も6月2日の社説で『原発事故の汚染水を海に捨てるな』と主張し、れいわ新選組の山本太郎代表は5月24日の東日本大震災復興特別委員会で「処理水、トリチウム水、何と呼ぼうが汚染水である」と持論を述べた

 共産党機関紙のしんぶん赤旗は4月23日に海洋放出反対デモを報じる中で、『私たちが食べる魚、さらに生態系に影響を及ぼす可能性もある』という参加者の明らかな誤解をそのまま伝えている。

 処理水は汚染水ではない。事実に基づかない「汚染」扱いは当事者に不利益を与える冤罪であり、科学的・客観的事実を正当に評価しようとしない態度は「いかなる成績でも性別、人種、国籍、出身地、病歴、その他を理由に正当に評価しない」と同様の差別に繋がりかねない。かつて関東大震災では「外国人が井戸に毒を入れた」という流言が凄惨な犠牲をもたらした。既知の科学や事実を無視あるいは否定し、「海に毒が流される」かのような指摘を繰り返すのは誰のため、何のためなのか。


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