2024年7月25日(木)

食の安全 常識・非常識

2023年6月29日

コシヒカリ環1号をめぐるMyth vs. Truth

Myth(神話・作り話)1

 “放射線育種米”は、放射線を照射されているから危険

Truth(真実)1

 コシヒカリ環1号は、遺伝子の突然変異を引き起こすためにイオンビームという放射線の一種を照射された後、栽培し種子を収穫し、さらにその種子を栽培する、というサイクルを少なくとも6代にわたって繰り返し開発された新品種。販売されるコメ自体は、放射線を照射されておらず、それ自体が特別な放射線を発するわけでもない(自然の作物はどれも、放射性カリウムなど自然の放射線を発しており、そうした自然の放射性物質は、コシヒカリ環1号も持っている)

Myth 2

 放射線の人間にとっての致死量の閾値は1.5グレイ。7.0グレイで100%死ぬと言われている。コシヒカリ環1号は、それをはるかに上回る放射線(40〜300グレイ)を照射して、イネの遺伝子に損傷を与えて従来にはない性質を付加した。

Truth 2

 コシヒカリ環1号を開発するにあたっては、コシヒカリの種子にイオンビームの線量を変えて照射する予備試験を行った。予備試験の線量は40グレイ、80グレイ、120グレイ、160グレイの4段階。照射後、それぞれの線量について発芽率や栽培時の生育状況などを調べ、発芽率や生存率が照射しないコシヒカリと同程度を示した40グレイを選び、本試験で40グレイを照射した。

 一般的に、植物は動物に比べて、DNAが損傷を受ける量が少なく、修復する力が強く、植物のほうが放射線に強い、とされている。ヒトは、全身に3〜5グレイを浴びると死亡するとされるが、ヒトのがん治療を目的とする場合、患部だけに総線量として40〜600グレイを照射する。ヒトの全身に照射するときの致死量と、イオンビーム育種での植物への照射線量を単純比較するのは、科学的には意味がない。

Myth 3

 ウクライナの戦争以降、下水汚泥肥料の利用が拡大している。下水汚泥肥料にはカドミウムが含まれている可能性が高く、農地のカドミウム汚染が深刻化する。

Truth 3

 近年、化学肥料の価格が高騰しているのは事実で、下水汚泥肥料の利用拡大が目指されている。しかし、下水汚泥肥料のカドミウム濃度には許容値が設定されている。その数値は、農地に下水汚泥肥料を標準的な量、100年にわたって連用しても、土壌のカドミウム許容限度量を超えないように設定されている。したがって、下水汚泥肥料によって農地のカドミウム汚染が深刻化するとは考えにくい。

Myth 4

 コシヒカリ環1号はマンガンも吸収されにくいため、ほかの微量ミネラルも不足している可能性がある。ミネラル不足のコメでは、子どもたちの発育が心配。

Truth 4

 マンガンの吸収が低いのは事実だが、一定量は吸収されている。イネにはほかのマンガン吸収ルートがあり、マンガンを肥料として与えるのが対策となる。ほかのミネラル(銅、亜鉛、鉄)に対するコシヒカリ環1号の吸収は調べられており、コメの濃度はイオンビームを照射していないコシヒカリと差がない。また、コメの主なでんぷんであるアミロースやタンパク質の含有量も、コシヒカリと差がない。

Myth 5

 生物の遺伝子は、遺伝情報であるエキソン(エクソンとも呼ばれる)部分と、遺伝情報にはならないイントロン部分からできている。自然の進化は、イントロンの変異によるものが多い。放射線を照射する育種はエキソンの部分を強引に変えることで、自然の進化を干渉している。

Truth 5

 エキソンの変異による進化の例は数多くある。たとえば、イネのもち品種は、うるち品種から自然の変異により生まれたものだが、遺伝子のエキソンの一部配列が変わっている。また、緑の革命につながった半矮性遺伝子は、植物の草丈に関係する遺伝子のエキソン部分が自然に変異したもの。この半矮性遺伝子が見つかって小麦やイネの育種に生かされた。自然の変異は、紫外線や自然の放射線などにより生じる。

(記事は、科学ジャーナリストとしての取材に基づいています。所属する組織の見解ではありません。)

<参考文献>
農林水産省・食品中のカドミウムに関する情報
Ishikawa et al., Ion-beam irradiation, gene identification, and marker-assisted breeding in the development of low-cadmium rice. Proc Natl Acad Sci U S A. 2018 May 22;115(21):E4950-E4951.
安部ら.,カドミウム極低吸収品種「コシヒカリ環1号」の育成.育種学研究 19: 109–115 (2017)
長谷 純宏.,イオンビーム育種技術の特長と産業利用.化学と生物 52: 659-664 (2014)
兵庫県・兵庫県がカドミウム低吸収性の水稲品種を導入するとするインターネット上の情報に関する県の見解
秋田県・「あきたこまちR」について
農林水産省・食品中のヒ素に関する情報
農林水産省・汚泥肥料中の重金属管理手引書について
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