2024年11月21日(木)

食の安全 常識・非常識

2023年6月29日

 ところが、土を入れ替える客土は大きなコストがかかりますし、カドミウムを吸収させない栽培は、田んぼの水管理を細かく調整しなければならず、高齢化が進む生産者にとっては大きな負担。そのため、根本的な解決策として、カドミウムの吸収やコメへの蓄積を抑えた新しい品種の開発が期待されました。

 そこで登場したが、カドミウム低吸収品種「コシヒカリ環1号」だったのです。

イオンビームを照射し変異させる

 コシヒカリ環1号の開発を手掛けたのは、農業環境技術研究所(現在は、農研機構農業環境研究部門)の石川覚さんらの研究グループでした。

 石川さんらは、品種改良の手法の中から「突然変異育種」を選び08年、日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所(現量子科学技術研究開発機構、QST)の施設で、コシヒカリの種子にイオンビームを照射しました。イオンビームは放射線の一種ですが、これまで突然変異育種に用いられてきたγ線がDNA全体に広く均一にエネルギーを与えて突然変異を起こさせるのに対し、局所的に大きなエネルギーを与え、DNAの塩基配列をごく少数、確実に変える、という特徴があります。

(QST・農研機構提供)

 放射線を照射して品種改良をする、と聞かされて驚く人もいるかもしれません。でも、γ線やX線を用いた育種は1950年代から行われており、イネやダイズなど普通に食べられています。イオンビームによる育種は理化学研究所仁科加速器科学研究センターやQSTが世界を牽引して開発を進め、花やタマネギ、ミカンなどの新品種が登場しています。

 石川さんらは、シャーレにコシヒカリのもみ殻を除いた玄米種子を胚が上になるようにぎっしり並べ、イオンビームを照射し、各々の玄米種子に突然変異を起こさせました。その後、照射した約4000粒の玄米種子を栽培して、次世代となる種子を収穫。その種子から育てた2592個体を、カドミウム濃度が高い土壌で1個体ずつ栽培し、できたコメを分析しました。すると、3個体に実ったコメは、カドミウムをほとんど含んでいませんでした。

(QST・農研機構提供)

 3個体の遺伝子を解析しました。すると3個体とも、重金属の吸収に関わる遺伝子OsNRAMP5が変異していることがわかりました。そのために、カドミウムを吸収できなくなっていました。

遺伝子の1塩基欠損だった

 その後、栽培し収穫して得られた種子をさらに栽培、というサイクルを進めながら、生産力などさまざまな性質を調べる試験を行って、よい系統の選抜を続けました。安全上の懸念がないことも確認して、国に対して新品種として登録を申請しました。

 そして2015年、カドミウム低吸収性を持つ「コシヒカリ環1号」として品種登録されました。低吸収となっていますが、実際にはカドミウムをほとんど吸収しません。

高カドミウム土壌で栽培した時の玄米カドミウム濃度。コシヒカリでは濃度が高く、0.4mg/kgという基準を超過するが、コシヒカリ環1号の玄米は、カドミウムをほとんど含まない(農研機構提供) 写真を拡大

 遺伝子の解析により、コシヒカリ環1号の変異は、コシヒカリの遺伝子OsNRAMP5がイオンビーム照射で1塩基欠損したことにより生じたことがわかりました。OsNRAMP5は1617の塩基数からなる遺伝子で、そのうちのたった1塩基がないことが、大きな性質の変化につながりました。


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