中国のメリット大きい離島侵攻
中国軍が侵攻するかもしれない台湾の離島は、東沙諸島のほか、大陸に近い金門島と馬祖列島、台湾海峡の澎湖諸島、南シナ海の南沙諸島(スプラトリー諸島)の太平島がある。うち東沙諸島は、20年8月にも中国が上陸作戦の演習を行ったと日本の共同通信に報じられ、台湾で緊張が一気に高まった。
米国防総省が22年末に公表した中国の軍事力に対する報告書によると、東沙諸島、南沙諸島なら、通常の軍事訓練を上回る程度の準備で侵攻が可能。比較的防備が整った金門と馬祖でも、中国軍は既に侵攻の能力を持っている。
報告書によれば、中国にとって離島侵攻はメリットが大きい。軍事的能力も政治的な決意をアピールでき、目に見える形での領土獲得が可能になる。台湾の報道によると、台湾の軍事専門家も、中国にとって離島侵攻は、明確な武力攻撃を伴わない手段で台湾に打撃を与えられる「グレーゾーン作戦」で主たる目標となっているとしている。
ただし、別の台湾の軍事専門家によれば、金門島と馬祖列島、澎湖諸島は台湾から比較的近く、台湾本島の防空、対艦ミサイルの射程圏内にある。中国軍が上陸作戦を行うため揚陸艦で押し寄せても、台湾本島からの精密射撃の餌食になる。東沙諸島と太平島は本島から遠く防衛が困難で、侵攻される可能性が一層高い。
米シンクタンク、ケイトー研究所の研究員、テッド・ゲイラン・カーペンター氏は21年11月に米誌ナショナル・インタレスト(電子版)で、中国が台湾の離島、特に東沙諸島を狙う可能性が高いと指摘して注意を呼び掛けた。
同氏によれば、台湾海峡中間線を越えて飛来する中国軍機の大半は、東沙諸島に近い台湾南西の防空識別圏(ADIZ)内に侵入している。台湾国防省の日々の発表でも、中国軍機の飛来が台湾南西部のADIZに集中する状況は現在も変わっていない。
カーペンター氏によれば、中国にとって離島侵攻は台湾への全面侵攻よりもリスクが低い。台湾防衛に向けた米政府の決意を試す場ともなる。
フィリピンの米軍基地と連携か
東沙諸島は、グレーゾーンでなく、ずばり軍事面でも極めて重要な位置にあるようだ。
陸上自衛隊OBで防衛省情報本部の情報分析官を務めた軍事評論家の西村金一氏は「中国海軍の艦艇や潜水艦が、フィリピンと台湾間のバシー海峡を通過して、太平洋に出ることを阻止する上で重要な位置にある」と話す。中国軍の艦隊が、沖縄本島と宮古島の間にある宮古海峡を抜けて太平洋に出る場合、沖縄県の尖閣諸島付近を通過しなければならないのと似ている。
西村氏は「台湾本島の北は日本が守りを固めて、中国軍を太平洋に出さないようにできる。南の方は東沙諸島が大きな役割を担う」と述べた。
台湾の中央通信社によると、フィリピン政府は4月、新たに軍事基地4カ所を米軍に供与すると発表した。うち3カ所は同国北部に固まり、カガヤン州の海軍基地は台湾本島からわずか400キロメートルしか離れていない。
西村氏によれば東沙諸島は、中国との対抗のため、フィリピンに新たにできる米軍基地と連携することになる。米軍が東沙諸島周辺に、ソナーを設置しようとしたのも中国軍の潜水艦を探知する目的に適っている。
また、敵の軍事動向を探る上で、通信傍受は欠かせない。西村氏は「東沙島と太平島にはもう既に、中国の通信を傍受する台湾軍の部隊がいるはず」と語る。自衛隊は、鹿児島県・喜界島で中国の通信傍受を行っている。自衛隊がカバーし切れない範囲を、台湾が補ってくれる可能性がある。