SNS時代の〝宣伝〟での落とし穴
そんな中、本作のマーケティング姿勢が、突然日本で「炎上」した。そもそも、本作は、米国で7月21日に公開されたことで、原爆開発に関与した物理学者の伝記映画『オッペンハイマー』(クリストファー・ノーラン監督)と全く同じ日の公開となり、多くのシネコンのスクリーンはこの2作によって占められることとなった。
ガーウィグ監督にとっても、ノーラン監督にとっても全く不本意だと思うし、それぞれの配給会社も困惑していたと思うが、結果的に映画ファンの多くは2作を合体した造語(ミーム)として「バーベンハイマー」という言い方を発明して、勝手に盛り上がっていたのである。全くもって思慮に欠ける行動だが、多くの若者は「ネタ」として両作のビジュアルをコラージュするなど、両作がヒットを拡大する中で、勝手な行動がネット上で拡大していた。
配給側がこの「現象」を放置し、好意的な返信までしていたのには、ヒットが拡大することで、販売のターゲットがコア層からノンポリ層に広がってきたということがある。それぞれの作品が内包するリベラルでかなり強烈なイデオロギー性、つまり『オッペンハイマー』の場合は「赤狩り批判」と「原爆開発は原罪という認識」、『バービー』の場合は「フェミニズムと女性の自立」という明確なメッセージをできるだけ隠す必要が出てきていた。言葉自体が不謹慎である「バーベンハイマー」やコラージュ画像などを「許容」し始めたのには、そうした背景があり、現場の浅慮も伴って、超えてはならない一線を超えたリツイートになったのだろう。
この問題に関しては、被爆国日本としては「まず、『バーベンハイマー』という茶化した言葉そのものに問題があること」を指摘するべきであった。また、今回の悪質なコラージュの背景にある「『オッペンハイマー』のマーケティングに試作核弾頭の臨界実験における火球のイメージを使用する」ことに強く抗議すべきだ。その上で、『オッペンハイマー』に関しては、日本国内で堂々と公開して目の肥えた映画ファンだけでなく、被爆国の視点からの多角的な評価をするべきと考える。
ちなみに、今回の「炎上騒動」に関連しては、明確な思想性を内包した『バービー』を「毒にも薬にもならないピンク色のミーハーな映画」というイメージで売って観客を広げようとした、日本の配給会社の「いつもの」国内マーケティングの姿勢も、事態悪化の一因であると思う。とにかく、『バービー』は、さすがバーナード大学哲学科を卒業しただけあって、ガーウィグ監督の並大抵ではない「志の高さ」が具現した意欲作である。今回の騒動によって、内容と全く無関係の悪印象がついてしまって、日本の観客から敬遠されるようでは、何とも残念としか言いようがない。
最後に、本作は性的少数者(LGBTQ)コミュニティへの配慮を明確に行っているために、イスラム圏からの反発がある。ロシア正教の関係からも同様の非難が来る可能性があるが、こちらは、さすがにスルーするしかない。日本の一部には、この問題も含めて『バービー』が起こしたトラブルの件数が多いことを「お騒がせ」などと揶揄する向きもあるが、不見識と言わざるを得ない。