米国の実写版映画『バービー』については、さまざまな物議を醸しているのは事実だ。まず、上映前から米国では、監督(グレタ・ガーウィグ)と脚本(ガーウィグと、そのパートナーのノア・バームバック)が、かなり「フェミニズム寄り」だと言われて一方的な批判に晒されていた。極端なのは、共和党保守派のテッド・クルーズ上院議員で、本作のことを「ポップカルチャーの政治利用」だなどと、試写会も行われないうちからバッシングを開始していた。
この種の批判に関しては、結果的に上映3週間で北米での興行収入が450ミリオン(約640億円)という今年一番のヒットとなったことで、作品が完全に大人から子どもまで米国女性の心をつかんだことが証明された。ネタバレになるので内容はお話できないが、「女性が自分らしく生きること」とは何かというテーマに真摯に向かい合った内容は、それだけの説得力があったと申し上げておこう。
一方で問題なのは、映画の本筋とは関係のない部分で騒動に巻き込まれているということだ。
ベトナムで上映禁止された理由
まず、本作はベトナムでの上映が禁止されてしまった。本作の予告編の段階で、ゼロ・コンマ5秒程度一瞬出てくる「子どもが描いたようなクレヨン画の地図」が問題視されたのだ。
その「地図」が、中国が「南シナ海は中国の領土」という一方的な主張を行う際の境界線「九段線」に酷似しているからだという。この「クレヨン画の地図」は本編では、予告と同じものが十数秒にわたって出てくるが、舌のように丸みを帯びた「九段線」と比べると、クレヨン画の方はゴツゴツしており、ベトナムの懸念はやや過敏に思える。
確かに、本作は「フェミニズム」や「ポピュリズム批判」「男性社会批判」更には「戦争への批判」など、かなり強めの政治的主張を込めているにもかかわらず、中国での全国上映を許可されている。また主要な役には中国人の人気男性俳優がキャスティングされている。悪く言えば、中国での上映を意識している可能性はあるが、良く言えば、子ども向けのファンタジーを装って、自由と民主主義の政治思想を中国の幅広い聴衆に紹介することに成功しているとも言える。
今回の「九段線」をめぐる騒動では、前述のテッド・クルーズ議員も「中国へのスリ寄り」だと批判しているが、一種の「もらい事故」という評価も可能だ。ただ、緊迫する南シナ海の情勢を考えると、以降、西側のエンタメ業界としては注意しなくていけないという教訓になったとは言える。