だが、「反プロパガンダ法」に抗議を表明するアスリートは外国人にとどまらないという味方もある。やはり世界陸上モスクワ大会で、17日に、女子400メートルリレーで金メダルを獲得したロシアチームのクセニア・リジョワとタチアナ・フィロワ選手が表彰台でキスをしたのである。この行為は、同法への抗議の意思表示ではないかと多くのメディアが報じた。同選手は何も声明を出していないため、単なる歓喜の表現だという見方もあるとはいえ、この行為が同法に違反することは間違いなく、法的に罰せられる可能性もあるという。
ロシアへの反発は高まる一方で、五輪ボイコット論にとどまらず、特に文化人の間ではロシアでの五輪開催を見合わせるべきだとする声も出てきたのである。オバマ米大統領も、同問題でロシアに対し「我慢できなくなってきている」と強い批判を表明した。
ロシア政府はソチ五輪での非適用を約束?
このようにボイコット論が高まる中、国際陸上競技連盟(IAAF)のラミン・ディアク会長およびその後継者と見なされているセバスチャン・コー副会長はボイコットに反対している。両者は、ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議し米国などが参加をボイコットした1980年のモスクワ五輪、およびその報復として行なわれた旧東側諸国による1984年ロサンゼルス五輪ボイコットの際に苦渋をなめた経験を持ち、ボイコットによっては何も目的は達成できないと、政治とスポーツの切り離しを求めている。
そして、IOCのロゲ会長は、8月20日までにドイツ紙ターゲスシュピーゲルとのインタビューでロシア政府の「最高位」から同法が五輪には適用されないことを確約されたと語り、また、23日に国連で「IOCはロシア政府から、口頭と文書で、ソチ五輪に参加する人が差別に晒されることはないという保証を受けた。われわれは、ロシアが五輪憲章を順守する意向を示していることに安心している」と発表したのである。
こうして、ソチ五輪において同性愛者やその支持者の人権は一応守られそうな状況であるが、ロシアの反同性愛の動きはその後も止まらない。たとえば、8月26日には、ロシア下院の有力議員で、モスクワ市長選にも立候補しているロシア自由民主党のミハイル・デグチャリョフが、同性愛者からの献血を禁止するよう、法律の修正を求めた。同議員は、その理由を、HIV感染予防だとしているものの、ロシアではむしろ薬物依存によるHIV感染拡大のほうが深刻視されており、同氏の姿勢に批判も多く出ている。
前述の意識調査にも見られるように、ロシア人の間では、同性愛に反対する声のほうが強く、イシンバエワの発言を違和感なく受け止めたロシア人は少なくないことだろう。このような状況では、「反プロパガンダ法」への真の反発は国内からは起きないかもしれない。しかし、ロシアにもLGBTを志向する人が少なくないことは紛れもない事実である。そのような人々の権利が守られるよう、さらにプッシー・ライオットの問題でもクローズアップされたように、ロシアで弾圧されている多面的な「人権」というものが守られるようになるよう、諸外国が圧力をかけていくべきだろう。このように考えると、ソチ五輪はロシアの人権状況を改善する一つの大きなチャンスになり得そうだ。
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