2024年11月27日(水)

日本人なら知っておきたい近現代史の焦点

2023年10月15日

「身分証」化する
ユダヤ人問題

 歴史家E・ワイツは、「ヴァイマルの政治と社会の完璧な象徴」として、ベルリンの「ロマーニッシェス・カフェ」を挙げている。このカフェの店内は、富裕層のエリアと一般客のエリアに大きく分かれ、さらに各エリアはさらに細かく分かれ、共産党員専用のテーブルもあった。それぞれのグループは交じり合わない。ワイツは言う。このカフェは「活気があって、民主的で、熱心だが、分断されていて、反目し合っていて、自分のサークルの外にいる人とは話せない」。

「ロマーニッシェス・カフェ」では、議論は白熱しつつも違う派閥の人間と交わることはなかった(AKG-IMAGES/AFLO)

 前出のヘットもまた、「政治、宗教、社会階級、職業、居住地域に関して、次第に激しく、和解し難くなる分断は、ヴァイマル共和政の大きな特徴だ」と述べている。ここでの分断とは、単に民主派と反民主派の分断だけを意味するわけではない。ヴァイマル共和国には3つの「宗派化」した陣営、すなわち、①社会主義陣営、②カトリック陣営、③プロテスタント陣営があり、それぞれの陣営内に民主派と非民主派がいるという状況であった。

 また、ヴァイマル共和国ではメディアも政治的・イデオロギー的に分断されていた。全体を包括するような主要メディアは存在せず、新聞は党派によって分断されており、意見を発信するとそれと似た情報ばかりが返ってくる「エコーチェンバー(反響室)」をそれぞれがつくり出していた。ある陣営にとっての真実が、他の陣営にとってはフェイクになる。そんな状況が生み出されていた。

 さらに、地域間の分断、都市と地方の分断も見逃せない。とりわけ、大都市ベルリンは他の地域の怨嗟の的となった。地方から見たベルリンは、機械化や文化の「米国化」の権化であり、ジェンダー秩序も乱れ、道徳的に退廃した場所であった。

 ベルリンにはユダヤ人も多く、ドイツ全体では人口の1%に満たない割合のところ、ベルリンでは7%を占めていた。こうした中でユダヤ人は「エリート」「資本主義」「共産主義」のシンボルとなり、反ユダヤ主義は反エリート、反資本主義、反共産主義の意味をもつようになった。

 米国の歴史家であるヘットは興味深い比喩を用いている。「反ユダヤ主義は、現代の米国の民主党と共和党で隔たりのある、妊娠中絶問題と同じような意味合いを持つ。大多数の国民にとって、ユダヤ人を支持するか排斥するかは最大の問題でもなんでもない。だが、この問題がシンボル化されると、どちらかの側につくための身分証として受け入れざるを得なくなる」

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