2023年6月3日(土)

日本人なら知っておきたい近現代史の焦点

2023年5月8日

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髙杉洋平 (たかすぎ・ようへい)

帝京大学文学部史学科専任講師

國學院大學大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。海上自衛隊生徒、宮内庁書陵部編修課非常勤職員、日本銀行金融研究所個別事務委嘱などを経て、2019年より現職。著書に『昭和陸軍と政治』(吉川弘文館)など。

最前線のウクライナ軍。侵攻から1年、今もロシアとの激戦が続く(Anadolu Agency/Gettyimages)

 筆者は「満州事変に至る道 大日本帝国陸軍の素顔」と題して昨年末から全6回の連載を『Wedge ONLINE』上に掲載した。同連載の第5回第6回では満州事変から日中戦争を経て太平洋戦争に至る過程を概観した。連載中に殊更には明示しなかったが、同回はロシアによるクリミア侵攻(2014年)とウクライナ戦争(2022年~)を強く意識した内容となっている。読後感を寄せてくださった方からも同様の感想をいただくことが多かった。

 そこで本稿では、満州事変以降のわが国の歴史的経験からウクライナ戦争、ひいては今後の安全保障問題にどのように向き合うべきか改めて考えてみたい。

 なお当然のことであるが、複雑な現代政治の問題は歴史事例との対比だけで解明できるほど単純ではない。また両事例には類似点と共に相違点も多い。例えば大日本帝国とロシア連邦とでは、そもそも国家体制からして異なる。満州事変前後の日本は、制度的には天皇を国家統治の「総覧者」としつつも、現実には二大政党制による政権交代が定着しつつあった。他方、ロシアは制度的には共和制であるが、現実にはプーチン大統領を絶対的中心とする強度の権威主義体制が確立している。

 戦争のきっかけにしても、満州事変は陸軍の一部将校の謀略に端を発し、日中戦争の発端となった盧溝橋事件はアクシデントに近いものであった。対してクリミア侵攻もウクライナ戦争もロシア政府が決断した計画的国家政策である。

 こうした相違点の存在を大前提としつつも、それが類似点の有意性を相殺しない限り、われわれは類似点の存在と意味に注目すべきだろう。人類がタイムマシンを持たない以上、われわれは歴史的経験に依ってこの世界を認識するしかないのである。

第二のロシアの出現を防げるかは、われわれ次第

 われわれの歴史的経験は何を示唆するだろうか。第一には、われわれの生きる世界は「繰り返しゲーム」の連続であり、ある政治決定はその政治事象のみならず、未来の政治事象にも繰り返し影響を与え続けるということである。

 満州事変においてもクリミア侵攻においても、国際社会は侵略国との将来的関係を憂慮するあまり、十分な制裁や非難を行わなかった。このことが侵略国のその後の政治行動に与えた影響は明白である。日露は国際法やそれを侵犯した際の国際社会の反発を軽視するようになる。日中戦争初期における日本政府と軍部の危機感の希薄さや、ウクライナ戦争直前にロシアが国際社会からの再三の警告を無視したことは、両国の認識を端的に物語っている。これは日露による政治判断の過誤ではあるが、それを招いてしまった責任の一端が国際社会にもあることを忘れてはならない。

 われわれは国際法や国際秩序の侵犯が、短期的にも長期的にも採算の合うものではないことを、侵略国および潜在的侵略国に示さなくてはならない。当然、その努力はまずはウクライナ戦争で示されるべきであるし、われわれが法と正義によって律せられた国際社会を希求する限りは、今後も不断に繰り返されるべき努力である。われわれはすでに過ちを犯してしまった。第二のロシアの出現を阻止し得るか否かはこれからのわれわれの対応いかんにかかっている。


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