広がる対立と分断
第一に、欧州諸国の多くにおいて、宗教、エスニシティが社会における断層線(フォルトライン)となっているが、その断層線はガザ危機によってさらに深いものとなった。欧州連合(EU)は基本的にリベラリズムに立脚している機構であるが、リベラリズムと現実との間で衝突が生ずるのは、こうしたアイデンティティに関わる問題である。
欧州は2015年以降の移民・テロ危機において、それをいやというほど思い知らされたが、今、再び、その難問がガザ危機によって顕在化している。そうした事態は政治の舞台においてはポピュリズム政党への支持の増大、既存政党の右傾化に繋がっていく。
第二に、こうした社会における断層線の深刻化は、外交政策にも影響を及ぼさざるを得ない。ガザ危機は、米国のみならず欧州にも外交政策の危機をもたらした。
10月27日、国連総会で採決に付されたヨルダン提案による決議案(イスラエルとハマスに「人道的休戦」を求める内容)は、賛成120(アラブ諸国、ロシア、中国、多くの途上国)、反対14(米国、イスラエルなど)、棄権45(日本を含む)で可決されたが、EU加盟国の立場は大きく割れた。EU27カ国中、約半数の15カ国は棄権したが、賛成8(ベルギー、フランス、アイルランド、ルクセンブルク、マルタ、ポルトガル、スロベニア、スペイン)、反対4(オーストリア、クロアチア、チェコ、ハンガリー)と立場が分かれた。
EUは、ロシア・ウクライナ戦争において共通した立場を取ることに苦労してきたが、イスラエルとハマスの紛争はそれにも増して共通した立場を構築することが難しい問題となっている。
第三に、現在、イスラエルとハマスは、ガザで戦闘を繰り広げるとともに、世界の世論の支持を得るための戦いを行っているが、イスラエルは明らかに守勢に回っている。10月7日のハマスによるテロ行為が行われた当初は、イスラエルへの同情が多く聞かれた。
一方、その後のイスラエルによるガザへの激しい空爆やガザ封鎖のもたらす人道危機を伝える映像によって、ガザへの同情、イスラエルへの反発が広まった感がある。上記の論説が取り上げた欧州での反イスラエル・デモの頻発もその一つの表れである。
イスラエルが安全保障上の理由、国内政治上の理由から強硬策を続ける場合、そうした感情との懸隔はますます大きなものとなっていく。それは、この危機を何とかマネージしようとする米国にとっての負担の増大に他ならない。
ガザ危機は、大規模テロリズム、テロ根絶を目指した武力行使、複数の国際的危機の同時進行を生起させたが、それに加えてこれらの事態である。残念ながら、国際関係においては、ますます秩序を液状化させる方向の力学が強まっていると言わなければならない。