1950年代から70年代初頭あたりまでは、「非同盟諸国」、「第三世界」および「G77」(国連では1964年にUNCTADが設立され、西側先進国との交渉を進めるためにG77グループが結成された)のメンバーは、連帯感が強く同質的な「開発途上国」だった。
しかし、その後、一方において石油危機による富裕産油国や新興工業国、更には、BRICSのように高度経済成長を遂げる国々が出現し、他方で重債務や紛争等もあり成長から取り残される国々等、開発途上国の間にも大きな格差が生じた。国際的な発言力が増す国も出てきて、中国に至っては米国と覇権を争うまでに台頭した。その立場や利害があまりにも異なるので、経済的にも政治的にもこれらの国々を「開発途上国」としてまとめてグルーピングする意義が乏しくなってきている。
「第三世界」や「非同盟諸国」もソ連の崩壊による冷戦の終了により、その実質的意味を失った。その結果、政治的脈絡で西側先進国以外の国々を総称する言葉として、「グローバル・サウス」という言葉が便利に使われている。
BRICS が「グローバル・サウス」を代表するかのごとき主張や中国が自らを「グローバル・サウス」のリーダーであるように位置付けることに、ナイが警鐘を鳴らしているのは重要だ。留意すべきは、「グローバル・サウス」という概念を、「非」或いは「反」西側先進国という政治的なグループ化に利用しようとする動きがあることだ。
例えば、この9月には、キューバの主催で9年ぶりのG77+中国の首脳会議が開催されたが、中国は政治局常務委員を習近平の特使として派遣し、中国が如何に豊かになろうともかつての植民地主義と戦った「グローバル・サウス」の一員であることを強調し、欧米主導の国際秩序の改革を主張し、そのような趣旨の宣言も採択された。
米中対立の軸ではない
中国は、米国との直接対決は避けつつも、中国流の新たな多国間主義を主張して世界中で多数派工作を展開しており、自らを多数派である開発途上国の一員と位置付けて、「グローバル・サウス」を経済的概念ではなく、「非西側先進国」という政治グループ化しようとしているようである。
他方、多くの「グローバル・サウス」諸国は、米国か中国かで選択を迫られるようなことは回避したいとの立場であり、米中対立が先鋭化すればするほど、中国の主張に同調することには慎重となるはずである。また、中国が米国に対抗する拠点に用いようとしている拡大BRICSは、ナイも指摘する通り、内部に対立関係を含み、インドの存在もあり限界がある。従って、中国が「グローバル・サウス」を代表することも、BRICSを米国との対立に利用することも容易ではないであろう。
「グローバル・サウス」とは、今やそれぞれに自己主張をする国々から成る多極的な存在であり、具体的な外交的なアプローチとしては、地域的に、あるいは、主要国ごとに働きかける方がより意味があり重要だということであろう。