2024年11月25日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2023年11月24日

 2023年10月19日付のウォールストリート・ジャーナル紙は、「米国が抑止力を失い、戦略的受動性に向かって次第に退却を始めると、世界はあるとき突然失速し、制御不能の錐もみ状態に陥る」という、ウォルター・ラッセル・ミードの警告記事を掲載している。

(Vladimir18/gettyimages)

 バイデン政権は中東で大規模で複雑な危機に直面している。ミサイルと戦闘機がガザ上空を飛び交う。サウジはハマスへの残虐行為でイスラエルを痛烈に批判し、アラブとイスラム世界はユダヤ国家への怒りを爆発させている。

 バイデン大統領はイスラエルに急行することを決め、胆力と勇気を示したが、それだけでは足りない。制圧不能なイランが地域の権力掌握に向かっているのに、米国はこの現実にまだ対処できていない。バイデン政権が理解していないのは、中東の火災は世界で制御不能に陥っている地域の単なる一つに過ぎないということだ。

 ハマスの活動は、アフリカ、ヨーロッパ、中東でのジハード主義やテロ組織を興奮させている。ロシア議会は包括的核実験禁止条約の批准を取り消し、イランへのミサイル技術売却の制限を撤廃した。バルト海のガスパイプラインと通信ケーブルに対する謎の破壊も続いている。

 国防総省は今週、中国軍機による米国航空機への嫌がらせ事例が過去2年間で180件以上報告されていると発表した。台湾に対する中国の圧力は増大し続けている。台湾の防空識別圏内へ侵入する中国軍機は、2020年の380機から22年には1700 機以上に激増した。

 世界の多くの地域で、米国に対するこれほど多くの挑発が発生しているのはなぜか。それは米国が抑止力を失いつつあるからだ。

 プーチンが 08 年にグルジアを、14年にウクライナを侵略したとき、オバマがシリアの「越えてはならない一線」を死守できなかったとき、中国が南シナ海で人工島を建設し軍事化したとき、米国は効果的に対応できなかった。米国の敵はこれに勇気づけられている。

 米国の直接の警告を無視したプーチンの22年のウクライナ侵攻は大きな一歩だった。ハマスのイスラエル攻撃に対するイランの支持は、米国の秩序に対する更に大胆な攻撃だ。

 ハマスとその支援者であるイランに対するバイデン大統領の対応が、米国の力、知恵、意志への敬意を取り戻すことができなければ、世界中の敵が米国とその同盟国の好まない結論を導き出し、行動するだろう。抑止力が低下するにつれて戦略的消極性は、危機をエスカレートさせ、最終的には突然に戦争を引き起こす原因となる。

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 オックスフォード大学のある教授が言った言葉がある。「抑止力にはハードウエアと共にソフトウエアがある」と。前者は軍事力、経済力、技術力など侵略を阻止する物理的実力で構成される。産業が衰亡すれば、資金力低下から技術開発が出来ず、国家収入の減少や所得の減少は教育水準を引き下げ、ひいては防衛力総体的に衰退させ、抑止力が腐食する。


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