ウォルトの挙げる第一点は、大国間の戦争はなかったという点である。確かにそれは事実である。
しかし、23年が示したことは、第一の危機(ロシア・ウクライナ戦争)に続いて第二の危機(中東)が起これば、第一の危機がいとも簡単に脇に追いやられることであった。それは、これらに加えて、第三の危機が東アジアで勃発した際の国際社会の、そして米国の対応能力に深刻な疑問符を付すこととなった。
さらに、大国間の戦争が起こることは世界の危機であるが、だからといって大国間の戦争が起こらなければ良いというわけではない。大国間で紛争が相互抑止されることによって、大国から小国への武力行使が行われやすくなることがある。日本から見れば、大国間で戦争が起こらないことを米国が過度に重視することは懸念材料である。
ウォルトの第二点は、米国が地政学的にいかに恵まれているかという点である。周囲に安全保障上の脅威を及ぼす国が存在しないことは米国国民にとって慶賀すべきことであり、北朝鮮、中国、ロシアに取り囲まれている日本からすれば別世界である。
一方、米国は、単に自国が安全であればそれで良いという国ではない。米国は、世界のあり方を気にかけ、そのためのコミットメントをし、行動を取ってきた国である。そのような米国と日本は同盟関係を取り結んできた。米国が国内で多くの問題を抱えているだけに、米国の視線が国外に向きにくくなる兆候があるとすれば、それは日本にとって危険信号である。
「縮み志向」を是正できるか
ウォルトは三点目として、世界が困難に直面する中、人道活動家たちに感謝をする。国際機関の人道分野での活動、多国間会議を通じる地球規模課題についての問題意識の共有がなければ、世界はもっと悲惨な場所となっていただろう。
ウォルトの第四点は、リベラルな民主主義にとって希望の光が見えるという点である。各国の選挙結果についてウォルトが挙げているのはポーランドである。しかし、各国の選挙では、「非リベラルな民主主義」を志向する党の勝利の方が上回っているのが現状である。
ウォルトは第五点目として、表現の自由を挙げる。ウォルトがこれをわざわざ言うのは、米国において、また、大学において、表現の自由が脅かされつつあることを実感しているからであろう。そして、来年の大統領選挙の結果次第では、そうした状況に更に拍車がかかりかねないとの懸念を持っていることがうかがわれる。
かつて『「縮み志向」の日本人』という題名の日本人論があった。具体的な意味内容を度外視して語感だけで言えば、この論説を読んでの懸念は、米国の「縮み志向」である。ますます危険な状況となりつつある世界にあって、その意味するところは日本にとって小さくない。