総統選に出馬した国民党の侯友宜候補、民衆党の柯文哲候補はともに、中国との対話を模索する一方で国防強化と中台関係の現状維持を政策としている。といっても国民党は中国と接近しすぎたという前科があるほか、柯文哲候補も「5つの互いに」(互いに認識し了解し尊重し協力し了解する)という、なんとも牧歌的な対中コミュニケーションの指針を示すなど不安は大きい。
やはり過去の実績を考えれば、中台関係のマネージメントでは民進党に軍配が上がるが、そこに目をつぶって「どこの政党も現状維持の方針は一緒、他の政策で判断しよう」と決断すれば、別の世界が広がる。
「私自身もそういう部分はあります。香港デモを見て、中国による軍事力行使は、いつかは到来する未来だと意識するようになりました。ですから中国本土での投資を減らしてポートフォリオを調整しました。それでも、対中関係だけを考えて生きているわけじゃないですし、投資の仕事をしていたら中国抜きじゃ成り立たないですし、大陸のパートナーと新しいビジネスを始めることもあります。やはり、あの時の衝撃を忘れたことは否定できないですよね」(A氏)。
台湾政治を変えるのはやはり中国か
では、対中関係というテーマが後退した後、一体何が残るのか。一番目だったのは「既存政治の打破」ではないか。
民進党、国民党という従来の二大政党に加え、今回の総統選では民衆党の柯文哲候補が出馬した。エキセントリックな発言で知られ、ネット人気の高い柯候補はいわばインフルエンサーのようなもの。選挙前の世論調査では20代の支持率は50%を超えていた。
ネット人気、若者人気はとかく移り気だ。どこかで旬が過ぎて失速するとの見方も強かったが、蓋を開けてみると369万票もの票を獲得した。
選挙前日に行われた民衆党の集会を取材したが、集まった支持者はともかく若い。サイリウムを手に応援するカップル、ベビーカーに子どもを乗せた夫婦など、若者の姿が目立った。なぜ柯候補を応援するのか聞いてみた。
子育て、教育や不動産が高すぎるといった具体的な課題をあげる人もいたが、民衆党が画期的な解決策を持っているようには思えない。というのも、韓国や香港、中国本土など他の東アジアの国と地域でも同じ課題を抱えているが、どこも特効薬は見つけていないからだ。民衆党は公共住宅を増やす、政府の教育費支出を拡充するといった公約を打ち出しているが、民進党、国民党も似たような公約を持っている。
結局のところ、「既存の政治家は私腹を肥やすことばかり考えているし、信じられない」「国民党でも民進党でも社会は変わらなかった」といった、政治刷新を期待しての支持者が大多数ではないか。
この若き新勢力は今後、どのような道をたどっていくのか。民衆党自体はインフルエンサー・柯文哲候補の個人的人気に支えられている面が強いため、彼個人のスキャンダルや失言で失速することは十分考えられる。4年後の総統選まで勢いを保てるのかには強く疑問を持つ。一方で、民衆党の台頭は、若い世代の政治不信がどれほど強烈であるかを広く示した。
今後の議会運営で予想される混乱、そして今後増えていく一方のオルタナティブな政治を求める若者たち、与党勝利という形で幕を閉じた24年の台湾総統選、立法委員選挙だが、今後の台湾政治の大きな転換を予想させるものとなった。
台湾がどのような政治、社会を選択するかは台湾の人々が決めることではあり、また新たな政治潮流が生まれるダイナミズムはまばゆく映るが、やはり〝外〟からの視点としては今後予想される政治的混乱は中国を利するものになるのではないかと気になるところ。
この政治的混乱に助け船を出せるとしたら、おそらくそれは中国共産党しかいないであろう。台湾の人々が立場の違いを捨てて団結せざるを得なくなるような強烈な威圧をかましてくれることを、頼新総統は待ち望んでいるのかもしれない。