2024年12月27日(金)

霞が関の危機は日本の危機 官僚制再生を

2024年1月26日

 元厚労官僚で2020年にコンサル会社を設立した千正康裕氏はこの状況について「問題は仕様書を書く前段階にある」と指摘する。「例えば、携帯を買いたいと思ったときに、キャリアの種類や、携帯にどんな機能がついていて、自分にとって必要十分な機能が何か、価格の相場など、何も知らないでお店に行くと良い買い物はできない。しかも、政府案件は買い物をするという金額規模ではなく、ましてや財源は税金。発注者側が仕様書を書く前にその業界を含め多くの人とコミュニケーションをとり、幅広く情報収集をすることから始めるべきだ」と続ける。

 1990年代に官僚の接待汚職事件が発覚して以降、官僚と民間企業の接触は過度に制限されてきた。だが、社会課題が複雑化し、新しい技術も増え、委託する内容も多岐にわたる中、「クリーンな形での交流は良い政策を作るうえでは欠かせない」と官と民の両方を経験する千正氏は実感を込める。

 こうした交流を推進するために、同氏は民間企業、NPO、有識者などと官僚を交えた「官民共創勉強会」を定期的に開催し、政策課題の共有と相互理解を深める活動を行っている。

良好な関係性を築くには
業務の〝棚卸し〟が欠かせない

 外部委託に関するミスコミュニケーションの問題を指摘する一方で、千正氏は「官僚が本来業務に集中するためには、外部委託は適切な形でもっと進めていくべきだ」と述べる。

 何を委託し、何を官僚がやるべきなのか。それは扱う分野やプロセスの性質によって整理する必要がある。

 千正氏は「『政策』といっても、そこに使用する政府独自のリソースは法規制・ルール、予算、税制、執行、情報提供、PR、表彰、海外との協力など多岐にわたる。情報提供、PR、表彰などは政府より民間が得意なので委託になじむが、法規制・ルール、予算、税制、執行などは民間に知見が少なく一般に委託には向かない」と分析する。

 また、政策立案過程において、どのプロセスをコンサルに任せるかも重要だ。一般的な政策立案過程は、社会的課題を発見し、実態調査や分析に基づいて解決策たる政策案を作成する。そして、その案を有識者会議などで議論して、意見を取りまとめて決定する。

 「コンサルやシンクタンクが得意な実態調査・分析や有識者会議などの会議運営は任せればいい。一方で、政策案作成や意見集約は官僚がやるべきだ。政策の画を描き、解決策の案の作るのは政府のリソースを知る官僚が得意とすることである。意見集約に関しては、その性質上、絶対に委託をしてはいけない。どの案を採用するか、利害関係者にどこを妥協してもらうかといった調整は、利害関係の外にいる中立的な官僚が、閣僚の指揮の下で判断しなければならない」(千正氏)

 人手不足の霞が関で、よりよい政策を生むには、すべてを外部に丸投げするのではなく、まずは業務を〝棚卸し〟して、互いの能力が最大限発揮される関係性を探ることが欠かせない。

 「かつて英国でも官僚のコンサルタントへの依存が高まり、莫大な金額が費やされていた」と話すのは、日英の公務員制度を比較研究する学習院大学法学部教授の藤田由紀子氏だ。

 官僚は専門性が十分ではないと考えられ、ブレア労働党政権などでは大量のコンサルが行政に動員された。だが、リーマンショック後の財政難の中、政権交代を機に契約周りの見直しが行われると、コンサルに対して多額の報酬が支払われていることが分かり、契約や調達、プロジェクト執行やデジタル部門を中心に、官僚の専門性を高める動きが広がったという。「日本も委託金額に見合った成果が出ているのかを検証するべきだ。その判断を可能にするためにも官僚の専門性を高めることは欠かせない」と藤田氏は述べる。

 霞が関は慢性的な人手不足であり、今後も一部の業務を外部委託していくことは避けられないだろう。だが、政策立案は官僚が諦めてはいけない業務である。すべてを委託頼みにするのではなく、「官僚にしかできない業務」にいかに注力するかを考えなければ、良い政策は生まれない。

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Wedge 2024年2月号より
霞が関の危機は日本の危機 官僚制再生に必要なこと
霞が関の危機は日本の危機 官僚制再生に必要なこと

かつては「エリート」の象徴だった霞が関の官僚はいまや「ブラック」の象徴になってしまった。官僚たちが疲弊し、本来の能力を発揮できなければ、日本の行政機能は低下し、内政・外交にも大きな影響が出る。霞が関の危機は官僚だけが変われば克服できるものではない。政治家も国民も当事者だ。激動の時代、官僚制再生に必要な処方箋を示そう。


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