霞が関の官僚が「エリート」の象徴から「ブラック」の象徴になったのはいつからだろうか。2019年4月に「働き方改革関連法」が施行され、官僚にも時間外労働の上限が定められ、月45時間かつ年360時間が原則とされた。
だが、多忙な部署の職員は月100時間未満かつ年720時間という上限になっており、重要案件や緊急案件に携わる場合は上限も例外も認められている。現役官僚からは「月100時間の残業なら、まだましなほうだ」(外務省)、「国会対応がある部署は、会期中は連日タクシーで帰宅している」(厚生労働省)との嘆き節が聞かれる。
20年10月、国家公務員制度担当の河野太郎行政改革大臣(当時)が内閣人事局に指示し、これまでブラックボックスだった官僚の超勤時間の実態が調査された。結果は、総合職(キャリア)官僚のうち20代で約30%、30代でも約15%が「過労死ライン」とされる月80時間を超えており、まさに「ブラック職場」の象徴となった。
官僚のこうした過酷な働き方が明るみになったからか、霞が関という職場は学生からも、現役官僚からも明らかに〝敬遠〟され始めている。国家公務員志願者数の減少や、離職者数の増加は、もはや看過できない状況だ。
23年3月にはフレックスタイム制の活用による勤務日数の柔軟化や、勤務間インターバルの確保などが提言され、ようやく官僚の働き方改革に本腰を入れ始めたといえる。人事院が公開した「令和4年度働き方改革職員アンケート」の結果によれば、働き方改革が進んだ「実感あり」という回答が66.4%となるなど、霞が関の働き方も徐々に改善しつつある。
だが、官僚側の努力だけではどうにも改善できない問題がある。その最たる業務が「国会対応」だ。
1999年に政治主導のための国会審議活性化法が制定され、委員会での答弁は、官僚ではなく、原則、閣僚が行うこととなった。これにより官僚は閣僚の正確な答弁を用意することが重要な業務の一つとなった。
各党の議員による質問は、委員会開催日の前々日までに通告することが与野党間のルールで決められている。だが、国土交通省のある官僚は「質問通告のルールを守ってくれる先生が増えたと感じるが、守らない先生も一定数いる」と指摘する。
事実、内閣人事局が23年8月に公表した調査結果によれば、4割以上がこの期日を守っていない。
質問通告を受けると、官僚たちは質問をする議員からその趣旨や内容を事前に聞き取りする「質問取り」を行う。官僚たちは忙しい中、議員会館に足を運ばなければならないだけでなく、「質問が多い先生に関しては、いつ部屋に呼ばれるか分からないので、部屋の前で各省庁の担当者が列をなして順番待ちしている」と国会対応を担当していた元官僚経験者は語る。
こうして質問内容を聞き取った後は、関係する部局に質問を割り振り、割り振られた部局の官僚たちが答弁を作成していく。内閣人事局の同調査結果によれば、全ての答弁作成が終了した平均時間は午前1時30分を超え、作成に要した時間は7時間にも及ぶ。
所要時間が長くなる要因は、霞が関の組織のあり方自体にもある。「霞が関は所管や階層が複雑すぎて、責任の所在が不明瞭になっており、どの省庁、部局が対応するのかで、頻繁に揉め、仕事の押し付け合いという仕事が増えている」(同前)という。さらには、官僚たちの過剰なまでの〝忖度〟が、作成する資料の量を膨張させていることは想像に難くない。
この他にも20年に廃止された「青枠」(閣議書類などを作成する際は青枠と文字の間隔を5㍉メートル以内にすることが求められ、印刷後には定規で間隔を測っていた)や「こより綴じ」(ホチキスではなくキリで穴を開けて、こよりで文書を綴じていた)に代表されるように、霞が関には、長年続いてきた時代錯誤な慣行が多くあり、これらは官僚たちの時間を浪費している。
目の前の仕事に必死になることを否定はしないが、官僚が本来の能力を発揮し、最も時間を割くべきは、「これからの日本」にとって必要な政策を打ち出し、磨き続けることではないか。
官僚たちはいま、「冬」の時代を迎えている。だが、このまま官僚が疲弊し、本来の能力を発揮できなくなれば、日本の行政機能は低下し、内政の行き詰まりのみならず、国際交渉における下工作もできなくなり、外交面にも多大な影響を与えることになるだろう。課題先進国・日本にとって、霞が関の危機は日本の危機なのである。
官僚制再生には、官僚自身が「前例踏襲」のくびきから逃れる必要がある。ただ、官僚機構を生かすも殺すも政治次第である点は見逃せない。そしてその政治家を選んでいるのはわれわれ国民であり、霞が関の危機は決して「対岸の出来事」ではない。国民も当事者の一人として捉える必要がある。
本特集では官僚制再生にあたって必要な処方箋を示したい。まずは、一連の公務員制度改革の歴史とその後の動きを総括するとともに、現状の課題、改善点から示していこう。