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#財政危機と闘います

2022年8月19日

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島澤 諭 (しまさわ・まなぶ)

関東学院大学経済学部教授

富山県生まれ。1994年東京大学経済学部卒業 同年4月経済企画庁入庁。調査局内国調査第一課、総合計画局計量班、調査局国際経済第一課等を経て2001年内閣府退官。02年秋田経済法科大学経済学部専任講師、04年10月秋田大学教育文化学部准教授。15年4月から中部圏社会経済研究所研究部長を経て、22年4月より現職。

 近年、衆参問わず、国会議員選挙の投票率は、5割前後まで落ち込んでいる。事情は欧米先進国でも同様であり、その結果、選挙で選ばれたはずの国会が民意を反映していないとして、日本を含む多くの先進国では、代議制民主主義への不信が高まっている。つまり、現在の選挙制度は、私たちの代表をうまく選べているのだろうか、という疑問だ。

 そうした問題意識への一つの回答として、最近話題になるのが「くじ引き民主主義(ロトクラシー)」である。

(Sanga Park/gettyimages)

 ロトクラシーとは、ロト(くじ)とクラシー(デモクラシー)からなる造語であるが、選挙ではなく、くじ引きで選ばれた代表=市民に民主的統治を担わせようとするものである。

 こうしたくじ引き民主主義に関する書籍や論文を見ると、くじと政治の関係は古代ギリシアまで遡ることができ、かのアリストテレスも「くじ引きこそが民主制」と指摘していたとされる。ただ、実際にはアリストテレスは貴族によるエリート支配が望ましく、民主制は評価していなかった点は強調しておく価値があるだろう。

 その他にもさまざまな議論はあるが、くじ引き民主主義には、少なくとも国政レベルへの導入には反対だ。以下でその理由を見てみる。

国会には民意が反映されていないのか

 そもそも、「現在の国会や政策には、民意が反映されていない」というのは正しい指摘なのだろうか。人々は往々にして自分が望んだ結果でなければ民意を反映していないと考えがちである。単に自分が望まない結果に対して声高に民意を反映していないと言っているだけかもしれない。

 もしくは、投票率が低すぎて政権の正統性が怪しいという主張もあるだろう。しかし、棄権は全て悪という訳ではない。良い棄権もある。つまり、一般的に、すべての人が強制的に投票させられる場合に実現する結果と同じことが、多くの有権者が棄権する時にも生じるとすれば、それは良い棄権と言える。

 例えば、地方の首長選における与野党相乗り候補者と独立系候補者の一騎打ちの場合、選挙結果がかなりハッキリしているので投票率が低くなり、逆に言えば棄権率が高くなる。このような棄権は投票に係る社会的コストを低めるという意味で「良い棄権」だ。したがって、投票率が低いことは必ずしも政権や議会の正統性と一対一で対応するものではない。

誰が議題を設定し、どうレクチャーするのか

 また、民意が国会に反映されていることが何よりも優先されるというのであれば、わざわざ膨大なコストをかけてまで議会制民主主義を維持しなくても、デジタル技術を使って定期的に全有権者を対象に世論調査をして、その結果に従って粛々と政策を実行していけばすれば良いのではないか。もちろん、それは極論であるにしても、国会に民意を反映させるのが全てとは限らない。

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