2024年6月25日(火)

Wedge OPINION

2024年2月29日

 日本列島が「賃上げ」のニュースに沸いてから1年が経ち、今年も春季労使交渉(春闘)が本格化している。昨年の春闘では連合の集計で平均賃上げ率が3.58%と約30年ぶりの高い水準となった。消費者のインフレ予想や値上げに対する耐性は高まっており、今年の春闘でも大幅な賃上げの実現は既定路線である。

 大企業の多くは原材料やエネルギー価格の高騰を価格転嫁し始めている。また、コロナ禍明けの決算も堅調であり、人件費の上昇分を十分に吸収できるため、大幅な賃上げをするはずだ。「安いニッポン」の賃金版のようだが、大企業の中には、「グローバルに見て日本の賃金が低すぎる」という問題認識がある。特に、若くて優秀な技術者を抱える企業では、海外企業との賃金格差から人材流出が進むという課題に直面している。賃金の大きな差を埋めるためにも、賃上げは今後も持続的なものになるだろう。

変わり始めた「ノルム」
中小企業は変革できるか

 むしろ、変革が求められているのは、国内の雇用者数の7割を占める中小企業である。多くの中小企業はこれまで、大企業を相手に原材料のコスト増や人件費上昇分を価格に十分に転嫁できなかった。大企業側が交渉のテーブルにすら着かない場合もあったほどだ。

 しかし、今年の春闘に向け、政府の旗振りの下、中小企業が価格転嫁しやすくなるような環境づくりが進められた。公正取引委員会は大企業と中小企業の悪質な取引を是正するための取り締まりを行っており、大企業の独断専行を防ぐ「抑止力」にもなっている。経団連は会員企業の取引慣行を改めさせるルールづくりを急いだ。これまで「価格は上げられない」と受け止めていた中小企業が「おかしいと言ってもいいのだ」と思えるようになり、ノルムがガラリと変わりつつある。正しい方向に向かっていると言えるだろう。

 また、政府は昨夏、最低賃金の全国平均を30年代半ばまでに時給1500円まで引き上げるという目標を示した。中小企業の経営者は、それを念頭に先々の経営を考えることになる。実際に、今年の春闘でも、ある労働組合が「1500円」と書いたのぼり旗を掲げている光景が見られた。最低賃金が上昇する将来像を見せたことがテコとなり、中小企業の持続的な賃上げに寄与する可能性がある。

 当然、物価が上がることに反対する勢力もいるだろう。例えば、年金生活者の中には、「物価が動かない社会の方が望ましい」と考える人も少なくない。また、中小企業の中にも「値上げしたら商売が成り立たない」と考えている企業がある。賃上げの原資を確保できず、「2年連続で賃上げしたのでこれ以上は難しい」と判断するケースも考えられる。

 だが、今は、賃金も物価も硬直したままの「古い日本経済」から、好循環が成り立つような「新しい日本経済」に移行する過渡期にある。

 確かに〝居残り組〟のノルムを変えることはそう簡単ではなく、時間もかかる。だからこそ、政府はその手助けを怠ってはいけない。

 岸田文雄政権の大型経済対策には批判の声が多いが、私は〝居残り組〟を救い出すための政策としては非常に良い着眼点だったと見ている。前述の通り、22年来のインフレは原材料やエネルギーなどの輸入価格が上昇し、企業が価格転嫁することで発生した。言い換えれば、日本人の所得が海外に流出したことになる。外に逃げた所得を補填し可処分所得を上げることが目的であれば、定額減税や給付金には一定の効果がある。

 問題は、政策の目的を国民に分かりやすく伝えられなかったことだ。「何をやっているかが分からない」「目先の内閣支持率を上げたいだけではないか」と感じる国民も少なくなかっただろう。この反省は今後に生かすべきだ。

 日本の財政規律の再建は急務である。ましてや、選挙目当てのバラマキは言語道断だ。しかし、「賃金と物価の好循環」を定着させるためには、今後も濃淡をつけた「意義のある財政出動」を検討すべきである。マイナンバーの普及が拡大する今、全国民に一律ではなく、ターゲットを絞り重点的に減税や給付を行うことは可能なはずだ。中小企業についても価格転嫁の困難な先に絞り込んでピンポイントで支援することができるはずだ。


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