UMGの公開書簡でも「TikTokはAIが作成した音源でプラットフォームが溢れることを容認し、プラットフォーム自体でもAIによる音楽制作を可能にし、促進・奨励するツールを開発しています。そしてこのコンテンツが人間のアーティスト向けの印税を大幅に縮小できる契約上の権利を要求しており、これはAIによるアーティストの置き換えを支援する動きにほかなりません」と危機感をあらわにしている。
TikTokが音楽利用について支払うパブリシティーが一定である以上、AIを利用したクリエイターの楽曲が増え続ければ、人間が作った楽曲が得られる報酬は減ることになる。誰でも簡単にAIで楽曲を制作できる。しかもそうして制作した楽曲を簡単に版権管理プラットフォームに登録でき、報酬を得られる可能性もある。そうした未来が見えているわけだ。無名の人々にとっては夢のある話だが、既存音楽業界の破壊にもつながりかねない。
また、AIによってアーティストの声を模倣する技術も急激に進歩している。23年4月にはラッパーのドレイクと歌手のザ・ウィークエンドがコラボした楽曲「heart on my sleeve」がTikTokでヒット。この音源を利用した動画は累計1500万回超の再生回数を記録した。しかし、この楽曲はAIによって作られたもので、ドレイクとザ・ウィークエンドはまったくかかわっていなかった。
日本でも人気歌手や声優の声をAIで模倣して、歌を歌わせたコンテンツが人気を高めつつあるが、まだ法整備が追いつかず野放しになっている状況だ。前述のドレイク、ザ・ウィークエンドの楽曲はUMGの申請によってTikTokから消されたが、TikTokが有効な対策手段を提供せず、取り締まりが権利者の申請頼みという状況に、UMGは不満を抱いている。
テックカンパニーが揺るがす社会の秩序
昨秋、ある中国の音楽関連ベンチャーの幹部と会う機会があった。「AI作曲機能をリリースしたが、著作権問題で訴訟になる可能性があるので、ごく短い尺しか作れないようにし、しかもその曲は保存できないようにした」と話していた。
比べると、TikTokの大胆さが際立つ。法律や社会的慣習のグレーゾーンであっても、訴訟を恐れずに果敢にチャレンジし、世の中のほうを変えていく……。革新的なテックカンパニーとしてはあるべき姿なのかもしれないが、米中対立を背景に世界から厳しい目を向けられている中でもひるまない姿勢には改めて驚かされる。
中間業者を廃するパブリシティーのプラットフォームの普及、そしてAI技術の活用。今の技術トレンドから考えると、最終的にはTikTokが目指す方向に世界は向かうのかもしれない。ただ、そうなるとしても、決着するまでの反発は強烈だろう。
TikTokとUMGの対立はたんなる企業間の争いを超え、音楽ビジネスの未来、クリエイターとAIの未来にかかわる重大な分岐点として、将来記憶されることになるのではないか。